3章 暗闘(3)


 「『コア』を渡せ」
男が低く威圧的な声をがすとに投げ掛ける。
 「は?何だよコアって。というか誰だよ」
見知らぬ男にいきなり脅しのような口調で迫られてがすとも気分を害したようである。
驚いたのはつかの間ですっかりいつもの調子に戻っていた。
 「俺の名はシャタス。コアを集めている。お前の持っているコアを渡せ」
 「コアって何だよ」
さっぱり意味がわからないといった様子でがすとは横の晴日を見る。
 「え、知らない」
晴日もまた、首を傾げるばかりであった。
 「お前が持っているという調べはついている。渡す気がないのなら力ずくで奪うまでだ」
知らないというがすとの言葉を信じる気はないのか、シャタスの瞳には明らかな殺気が宿っている。
 「何だかよくわからんが、奪えるものなら奪ってみろよ」
売り言葉に買い言葉、だろうか。
がすとが剣の柄に手を掛けるとシャタスもまた背負っている大剣の柄に手をかけ、2人ほぼ同時に抜き放った。
シャタスの大剣は、幅広の刃を持ち、柄や鍔は黒い蔓が巻きついたかのような装飾になっている。
鍔の中央には黒い光りを湛える宝石がその蔓に抱えられるようにして埋め込まれていた。
 「いきなり戦闘かい・・・」
互いの言葉に聞く耳持たないやり取りを見ていた晴日が思わず呆れ顔を見せる。
 「晴日、援護しろ」
 「・・・」
強気な姿勢を取りつつもしっかり助力を頼むがすとに、晴日はさらに呆れた。
しばしの対峙の後、最初に動いたのはがすとだった。
陽の力を宿した剣を手に一気に斬りかかって行く。
その一撃を大剣で受け流すと、今度はシャタスが斬り付けた。
だが、がすとは動きが速い。
その刃をひらりとかわすと再びシャタスに向け剣を振るった。
攻めに徹底したその戦い方は、がすとの攻撃的な性格がそのまま表れている。
 「冥界の王ハデスに仕えし者よ。我が声に応えこの手に降りたち、我に力を与えよ・・・」
がすととシャタスの攻防から少し離れた場所で、晴日は契約した死霊を召喚していた。
片手で印を切りながら召喚の言葉を繰り返し唱える。
晴日の使う死霊はハデスの使い。冥界の王であるハデスが使わしたとされる高位の死霊である。
位の高い死霊ほど声を届かせこの世界に呼び出すのが難しい。
呼び出すためにより一層の魔力と精神力、そして時間が必要となるのである。
印を切っていた晴日の手が不意に止まる。
そのまま正面に掲げた手にどこからともなく生じた邪気がゆっくりと集まり、1つの形を象っていく。
やがて、その邪気の塊は半透明な身体を持つ異形の者・・・死霊・ハデスの使いへと姿を変えた。
晴日の右手に宿ったその死霊は、晴日の命に従いその力を振るう。
だが、晴日はすぐに命を出そうとはしなかった。
シャタスはがすとと至近距離で斬り結んでいる。
今死霊の力を使えば、がすとにまで攻撃をしてしまいかねない。
晴日は構えも集中も解かないままただ機会を窺っていた。
 「ちっ・・・」
何度目かの攻撃の後、がすとが剣を構え直しながら舌打ちした。
これだけ攻撃を仕掛けたにも関わらず1度も相手の身体に刃が届いていない。
シャタスが巧みに大剣で防いでいるのである。
反撃の暇も与えないくらいに攻め続けていたが、これでは埒があかない。
そう思ったがすとは剣を握る手に力を込めた。
陽の力を宿した剣の刃が更に強い光りに包まれる。オーラソードである。
高いエネルギーを宿したこの刃は、相手の剣を弾きそのまま肉を裂くほどの威力を秘めている。
これならばシャタスの身体を斬れるはず・・・。
がすとが光りの剣を手にシャタスに向かうと同時に、シャタスもまた大剣に意識を集中させる。
ゴオッ。
次の瞬間、シャタスの大剣が黒い炎に包まれた。
 「!」
予想外の事にがすとは一瞬戸惑ったが、躊躇すれば相手に攻撃の機会をみすみす与えるだけである。
そのまま止まることなくシャタスに向け剣を振るった。
がすとのオーラソードとシャタスの黒炎の剣、2つのエネルギーがぶつかり合い、激しく音を立てる。
 「その程度の力など・・・」
シャタスが更に力を込めると黒炎はより大きくなり、生きているかのようにうねりながらがすとを襲った。
 「うぉ」
がすとはとっさに身を翻して炎を避ける。
黒炎はがすとの鎧の肩当てを僅かに砕き、なおもがすとを狙ってくる。
オーラソードをぶつけてその炎を散らすと、がすとは後ろに飛び退ってシャタスと距離をとった。
 「・・・撃て!」
2人の間合が離れたのを見計らって、晴日が死霊に攻撃の命を出した。
それを受け、ハデスの使いが手にした杖を振るい邪気の塊を放つ。
 「邪魔をするな!」
その攻撃に気付いたシャタスががすとを狙っていた剣を邪気弾に向けて水平に薙ぎ払う。
剣を取り巻く炎が帯状になって走り、邪気弾を消し去って更にその先にいる晴日を襲った。
 「わ」
慌てて体勢を低くした晴日のすぐ上を炎が通り過ぎ、背後の瓦礫を砕いた。
 「あつ・・・」
晴日が思わず袖の焦げた腕を押さえる。
手で頭をかばった為、炎に焼かれたのだ。
だが、火傷を負った程度で済んだのは身に付けている腕輪と衣のおかげだろう。
炎の精霊の加護を与えた腕輪と邪の精霊の加護を与えた衣が邪気をはらんだ黒い炎から晴日を守ったのである。
 「!」
シャタスがはっと向き直る。
注意が晴日の方に向いた隙をつき、がすとがすぐ側まで近付いていた。
剣の炎を操り応戦しようとしたが、がすとの動きの方が一瞬速い。
だが、シャタスの懐に入ったがすとは妙な行動を取った。
手にした剣では斬りつけず、すれ違うようにしてシャタスの側を離れたのだ。
すれ違いざまに剣を持たない左手でシャタスの腕に何かを施して。
 「お前、何を・・・」
何をされたのか僅かに術の気配のする二の腕を押さえ、シャタスががすとを睨みつける。
シャタスを見るがすとの顔にふっと笑みが浮かんだ。
 「・・・っ!?」
突然全身に走った違和感にシャタスが顔を歪める。
何が起きたのかと自分の身体を見ようとして、ある事に気がついた。
身体が思うように動かない。
あらゆる関節が錆付いたかのように、いや、身体そのものの基質が別の物に変化したかのように、
普段より四肢が重い。
その術が何であったのか、そこでようやくシャタスにも理解できた。
 「まさか、ただの聖戦士が石化の術を・・・」
有機物で構成される生物の細胞を石という無機物に変化させ生命を失わせる術、石化。
それは大抵瞬時には起こらず段階を踏む事が多い。
中途の段階では関節などの基質変化により身体の動きが鈍くなるのが常である。
 「その辺の聖戦士と一緒にするなよ。この『石縛の呪』が使える聖戦士は世界中で俺くらいだろ」
 「石縛の呪・・・?」
がすとが得意げに言った言葉に傍らで聞いていた晴日が首を傾げた。
晴日も魔術の事はそれなりに学んでいるが、そのような名前の術は聞いた事がない。
 「後で気が向いたら教えてやる」
不適に笑いながらも、がすとはシャタスから目を離さなかった。
石縛の呪も他の石化の魔術に違わず1度呪をかけたのみでは不完全な石化にしかならない。
完全に石化させるには更に呪をかける必要がある。
シャタスもその事には気付いていた。
だが、今のままではがすとがどう出ようと自分が圧倒的不利である。
 (それならば・・・)
ゴオッ。
再び剣の刃から黒い炎が立ち昇る。
炎は蛇が鎌首をもたげるようにうねるとがすとに向かって飛んだ。
まさに、蛇が獲物に喰らい付こうとする動きで。
 「おっと」
がすとは動じることなくさっと横に動く。
炎の蛇はがすとが今まで立っていた場所にあえなく突っ込み、粉塵を巻き上げた。
もうもうと舞っていた粉塵が、不意にさあっと流れ、散っていった。
風ではない。
何か「波」のようなものが押し寄せてきたのだ。
 「!?」
その波動を受けた瞬間、がすとと晴日の身体が強張った。
 「な・・・」
顔と目線を精一杯動かして見てみれば、シャタスが何やら呪文を唱えている。
剣先を地面に軽く突き立て、柄を両手で握り締めた状態で。
鍔の宝石が、黒く禍々しい光りを放っている。
 「何これ・・・動けない・・・」
晴日もがすとも必死に身体を動かそうとするが、硬直した身体はほとんど動かず指を動かすのがやっとである。
しかし身体の基質が変化してくる様子はない。
石化の術ならばここまで身動きがそれなくなった時にはすでに細胞がほとんど石となっているはずである。
石化というよりはむしろ「金縛り」に近いかもしれない。
 「晴日、死霊呼べないのか」
辛うじて口をきく事はできるので、死霊を召喚する事は出来ないかとがすとは考えたが。
 「無理・・・印が切れない・・・」
晴日からは落胆させるような答えが返ってくるのみだった。
 「・・・滅びろ」
シャタスの冷ややかな声が波動に乗るようにして辺りに響く。
剣からの波動は更に強くなり、辺りを、2人を包み込んだ。
バシュッ。
突如、がすとの左腕に深々と切り傷が入り、鮮血が飛んだ。
まるで刃でも受けたかのように。
 「つっ」
それだけではない。鎧にも1つ、2つとひびが入っていく。
剣に宿る力を波動として開放する技・・・「蔓刃の波動」。
その波動を受けた者は波動に込められた邪気によって動きを封じられ、身体を切り裂かれていく。
身動きすらとれず身体を切り刻まれる苦痛を味わいながら死んでいくのである。
がすとと同じように波動を受けている晴日もまた、身体のあちこちに裂傷を負っていた。
痛みに耐えるように僅かに顔を俯かせながら、だがその中で小さな声で呪文を唱えていたことには
がすともシャタスでさえも気付いていなかった。
 「・・・解!」
最後の言葉を唱えると共に、晴日の身体を今までとは異なる気配が包んだ。
そして。
バサリ。
黒い翼が広がった。


                                  <続く>


【作者の戯言】
がすとが苦戦するなんて怒られそうです(ぇ
シャタスの技名はギリギリまで悩みました(謎)
今回見直してないので文章変なところが多いかも・・・


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