1章その1。


その日、いつもの様にSASの隊員たちは出現したモンスターを倒すという任務を行っていた。
任務終了・解散後、SAS司令室には松岡・香苗・堀口と勤務時間中はほぼ常駐組の近藤・綾香が残っていた。
モンスターとの戦闘中に勢い余って付近にあった公共物を半壊させてしまった松岡は始末書の作成中であり、
香苗は松岡に付き合って司令室に残っていた。
堀口は何となくいるだけのようである。
 「・・・」
ダラダラと報告書を書いていた松岡が、ふと香苗の様子がおかしい事に気付く。
 「どうした?元気ないな」
 「何かだるくて・・・」
そう答える香苗は本当にだるそうである。
 「それだったら出動要請があるまで自分の部屋で寝てるとか医務室にいるとかした方がいいんじゃないっすか?」
横で聞いていた堀口が口をはさんできた。
 「・・・人が言おうと思ったことを・・・」
台詞を奪われた松岡が小声で愚痴る。他の誰かが香苗に対して気の利いた発言をするのが気に入らないようだ。
もっとも発言は早い者勝ちとも言えるので仕方がない。
 「それなら部屋までついていこう」
気を取り直して、堀口以上の気遣いを見せる作戦に打って出ようと席を立ち上がった。
 「松岡、始末書・・・」
 「うるさい」
先に始末書を仕上げて行け・・・と言おうとした近藤をその一言と睨みで遮って。
 「本当に具合が悪いのなら医務室に行ったほうがいいんじゃ・・・」
やり取りを聞いていた綾香が控えめながらもっともな忠告をしてくる。
 「医務室は尾上がいるから信用できん」
 「・・・」
相変わらず、この2人の信頼関係はガタガタのようである。
互いに歩み寄りの姿勢など見せず無駄に争ってばかりなので関係の改善は望めそうにない。
とりあえず自室に戻ろうと松岡に促されるままに立ち上がった香苗であったが。
ぽて。
立ち上がった途端にその場に倒れた。
 「香苗?おい、大丈夫か!?」
松岡が慌てて抱き起こす。
 「香苗さん!?」
 「と、とりあえず医務室へ!」
 「医者、医者〜!」
綾香・近藤・堀口も大慌てであり、司令室はパニック状態である。
 「早く医務室へ!」
 「ち・・・仕方ない」
尾上に診せるのは嫌だったが今は個人の好き嫌いの問題を言っている場合ではない。
松岡が香苗を抱きかかえて医務室まで走っていった。何故か堀口も一緒に。
 「・・・あ。始末書・・・」
司令室に残った近藤が机の上の始末書を見てぽつりと呟いた。
何も、松岡が香苗を運ばなくてもよかったのでは・・・そんな事をふと考えてしまったのだった。

 「尾上っ!急患だ!!」
医務室の自動ドアが開き尾上の姿を確認するなり松岡が叫んだ。
 「!?」
いきなりの事に誰もいない医務室でまったりくつろいでいた尾上もかなり驚いたようなリアクションを取る。
 「き、急患ですか。・・・香苗さん?どうしたんですか」
それでも何とかいつものペースを取り戻す。
 「具合悪そうにしてたと思ったらいきなり倒れたんだ」
松岡が司令室での状況を説明した。
 「なるほど・・・とりあえず診察台に寝かせましょう」
尾上に促されるまま松岡は診察台に香苗を寝かせる。
 「香苗さん、大丈夫ですか?」
目を閉じたままで意識があるのかないのかもわからない香苗に、尾上が声を掛ける。
 「・・・だるい」
香苗は目を開けるといつもよりやや低い声のトーンで返事をしてきた。相手が尾上だからだろうか。
ひとまず意識はあるようである。
 「だるい、だけですか?」
 「つーか何か身体に力入らない」
問診に対する態度が素っ気無いが、尾上は気にせず診察を続ける。
 「ふむふむ」
聴診器を取り出し聴診をしようとしたが、
 「それは却下だ」
何故か松岡に却下された。
 「いや、却下って」
 「却下」
さらに香苗にまで却下された。
聴診器は直接身体に当てて聞かなければならない。
服の上からでは駄目な以上、服を捲るか服の中に聴診器を・・・ひいてはそれを持つ手を入れる必要がある。
香苗に対して尾上がそういう事をするのが松岡にとっても香苗本人にとっても相当嫌だったらしい。
 「ならどうしろと言うんだ・・・」
この調子では打診・触診なんてもっての外だろう。
 「触らずに診察しろ」
無茶苦茶である。
 「この状況で視診と問診だけでは無理がある」
松岡の無茶な言い分に尾上は腕組みして遠い目をしてみせた。
 「というわけでうるさいのでメディカルセンターに連絡して検査してもらいます」
診察を諦めた尾上は机の上の電話からメディカルセンターに検査の依頼を出した。
 「そうしろ。・・・しかし大丈夫なんだろうな、香苗は」
 「命に関わるようなことじゃないと思いますから大丈夫なんじゃないでしょうか」
手早く手配を終えた尾上が、やはり不安そうな松岡にそんな事を言った。
 「本当か」
 「見た感じ」
尾上はニコニコ笑っているが、「見た感じ」である。「診た感じ」ですらない。
 「見た感じ・・・それで本当に命に関わらないって言えるのか」
 「医師の直感ってやつ?」
さらりと言い放つがさして根拠もなさそうな直感があてになるのだろうか。
 「あてになるのかよー」
 「なる」
やはりその疑問を感じた堀口が突っ込みを入れてくるが、何故だか尾上はひどく自信ありげだ。
 「・・・本当かよ」
松岡も堀口も疑わしげな目で尾上を見つめている。
 「多分」
結局尾上は断定を避けた。
 「多分じゃねーだろ!」
 「そんなに言うんなら自分で診りゃいーだろ!」
激昂する松岡に尾上は逆ギレで返した。
 「おぉ、診てやるよ」
その言葉に乗った松岡が香苗の寝ている診察台の横に移動する。
 「香苗、大丈夫か?」
 「うん・・・一応・・・」
一応大丈夫だということだが、だるそうなことに変わりはない。
 「具合が悪くなる前には何も変わった事はなかったんですか?」
松岡の横からさっきの逆ギレが嘘のように落ち着いた尾上がひょいと顔を出した。
 「お前来るな」
 「問診です、問診」
鬱陶しそうな松岡の様子などお構いなしに尾上は2人の間に割り込んでいく。
 「変わった事・・・別に」
司令室にいた時の事、さらには任務中のことまで思い出してみたが、香苗には心当たりはない。
 「変わったことじゃなくても、例えば松岡さんが持ってきた飲み物を飲んだとか」
 「どういう意味だ、それは」
聞き捨てならない発言に松岡が尾上の肩を掴んで自分の方を向かせる。
 「いや、もしかしたら誰かが何か薬でも飲ませたのかなと思って」
 「それが俺だって言うのか」
尾上は「違うんですか?」と言わんばかりの笑顔で松岡を見ている。
さらに横では堀口も疑惑の眼差しを向けていた。
 「お前らな・・・。司令室でそんな事したって騒ぎになるだけだろ!」
 「司令室で、って・・・」
じゃあ他の場所ならやるのか。尾上や堀口のみならず香苗までも白い目を松岡に向ける。
 (身の危険を感じる・・・切実に・・・)
香苗はいずれ起こるかもしれない身の危険に軽く頭を抱えた。
 「松岡さんが違うとなると・・・俺、何となく嫌な予感がするんですが」
思案顔をする尾上に松岡も眉を寄せる。
こういう時の尾上の予感はよく当たる。先ほどの医師の勘よりあてになる分、馬鹿には出来ない。
そこに、
 「日比野くんの具合はどうだ?」
話を聞いたらしい武山がやってきた。
 「あ、隊長」
 「わざわざ見舞いに来たんすか?」
 「ああ。日比野くんも心配だし、それに出番は自分で作るものだからな」
ややキャラが薄い武山は自分の出番を少しでも増やそうと必死なようである。
 「で、日比野くんの容態は?」
 「まだはっきりした事はわかりません。これからメディカルセンターで精密検査を行おうと思います」
尾上の報告にそうか、と頷く武山は落ち着き払った様子で何か考え込む。
 「しばらく日比野くんは任務に参加できないようだな。そうなると・・・」
 「野郎ばっかりで息がつまるっすよね・・・」
堀口が武山を真似た重々しい口調でさほど重くないことを呟いた。
確かに紅一点の香苗が抜ければSASは男性隊員だけになってしまうのだが。
 「いや、そういうことではなくて」
堀口のどうでもいい意見に武山が真面目に突っ込みを入れる。
流せば済みそうなものだが真面目に対応してしまうのが武山らしい。
 「戦力が落ちるな。少数精鋭だけに1人抜けると大きい」
武山の不安は戦力の低下に関してだった。
たった5人の強力な能力者によって構成されたチームである以上、1人の欠員がでる影響は大きいだろう。そう考えたのだ。
 「1人がいつもの1.25倍の力を出せば補えることだ」
 「数値的に言えばそうだが、実際の戦闘では計算通りに行かない事もあるからな・・・」
いつも以上の力を、と簡単に言い放つ松岡を武山が諌める。
どうしたものかと武山がため息をついた、その時。
ビーーーッ!ビーーーッ!ビーーーッ!
モンスター出現の警報が館内に鳴り響いた。
SASの面々にさっと緊張の色が走る。
 「ちっ、また最悪のタイミングで敵出現だな」
 「まぁ、多分この機会を狙ったんでしょうねぇ」
舌打ちしつつ真っ先に医務室を飛び出していく松岡を横目に、尾上はやれやれといった表情で白衣を脱ぎ、
SASの隊員服の上着を羽織った。
 「我々も行くぞ」
 「ラジャー」
 「では、香苗さんの事はよろしく」
残る医療スタッフたちに香苗の事は任せ、武山、堀口、尾上も司令室へと走った。
 「遅い!」
司令室に入ってきた3人に一足早く着いていた松岡が怒鳴る。
 「宇佐美くん、場所は?」
松岡の態度はいつもの事なので、武山は気にせずにオペレーターの綾香に敵出現地の詳しい情報を求めた。
 「それが、2ヶ所同時に現れた模様です」
 「2ヶ所同時っすか?」
前例のない事例に隊員たちは顔を見合わせた。
1日のうちに別々の場所にモンスターが出現したと言う事も今までに何度かあったが、大抵多少の時間差があり、
全く同時刻に2ヶ所に現れる事などなかったのである。
 「詳しい場所は、モニターの通りです」
モニターに映し出されているのは静岡と福島のいずれも山間部。
1つ1つ片付けるのは時間がかかりそうである。
 「被害を最小限にするために、今回は二手に分かれてもらいたい」
モニターを見ていた近藤が、隊員たちの方を振り返った。
 「参謀・・・」
 「いたんすか・・・」
だが、隊員たちはそもそも近藤の存在に気付いていなかったようで、近藤を見て驚いている。
 「・・・さっきからずっといたのに・・・」
相変わらずの部下たちの態度にまたも近藤はいじけてしまった。
 「参謀の言う事ももっともだ。二手に分かれよう」
しゃがみこんで床にのの字を書いている近藤をよそに、4人はどう分かれるか話し合い始めた。
簡単に話し合った結果、武山と尾上が静岡に、松岡と堀口が福島に行く事になった。
 「よし、各班出動!」
 「いってらっしゃ〜い・・・」
意気揚々と司令室を出て行く4人を、やや壊れた様子の近藤が手を振りながら送り出した。涙声で。


                                  <続く>


 【おまけ】
尾上「何だか、俺の名前を読み間違ってる人がいるような気がするんですが・・・俺の名前は『おのえ』です。
    皆さん間違えないで下さいね♪」
松岡「『おのえ』だろうと『おがみ』だろうとどっちだっていいだろ」
尾上「よくないです(−−」
香苗「作者もたまに読み間違えるらしいけど・・・」
尾上「煤i ̄口 ̄;;」

皆さん、作者のように読み間違えないように(笑)
ところで静岡と福島に山間部ってありましたっけ?(わからないなら書くな!!)


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