1.王国軍・一傭兵


旅人の街、カシス通りのとある家。
ここに1人、旅支度をしている人物の姿があった。
彼の名は光(あきら)。この家の家主だ。
いつも身につけている鎧を着込み、愛用の聖なる光剣を携える。
手当用のアイテムなどを一揃い持ち、準備は整った。
自分の寝室を出てそのまま出かけようとしたが、階段を降りかけたところで少しの間考え、引き返す。
 「おい、晴日〜」
自分のとは別の部屋のドアの前で部屋の主に声をかける。
部屋の主の名は晴日(はるか)。光の双子の妹である。
部屋の中から返事はない。
 「晴日〜!」
 「・・・んだよ・・・」
再び呼びかけると、部屋の中からあからさまに不機嫌そうな声がした。
寝ていたところを光の声で起こされたようだ。
晴日も光も、いわゆる「夜行性」型人間である。普通はこんな朝早い時間には起きてはいない。
晴日はいつも通り夜更かしをして朝方にでも寝たのだろう。
占術師ではあるが辻占などはほとんどしない晴日は、妹とはいえほとんどただの居候である。
 「城に行ってくるから、1週間くらい戻って来ないからな〜」
前もって話してはおいたが、ダラダラと生活している晴日に日にちの感覚があるかは怪しい。
なので、一応声をかけていくことにしたのだが。
部屋の中から「ん〜」という微かな声がしたような気がした。が、はっきりとは聞こえなかった。
それからは何の声も音も聞こえない。どうやら再び寝てしまったようだ。
 「・・・。ま、いいか」
ちゃんと聞いていたのかは微妙だが、言うことは言ったので光はさっさと階段を降りていった。

今この世界は、王国と帝国の戦争の真最中である。
人と人の戦いだけでない。街を離れれば、モンスターたちが徘徊している。
その中で多くの兵たちが命を落としていた。
王国も帝国もより多くの兵力を得るために、傭兵を募集していた。
世界の謎を知ることを目的とする冒険者達が集う旅人の街は、人材を得るには恰好の場所である。
それゆえ、旅人の街には軍登録所があった。
ここで、王国軍・帝国軍それぞれに所属することができるのだ。
それでも、正式な手続きはそれぞれの城で行わなくてはならない。
先日、軍登録所で王国軍入隊の手配をした光は、正式に軍に入るために王国の城に向かっていた。
旅人の街から王国の居城まで、馬を使っても3日はかかる。
 (それにしても・・・王国の人も帝国の人もいる街なのに、いざこざの1つもないなんて不思議だよなぁ)
中立が不自然なくらい忠実に守られている旅立ちの街の不思議さに改めて首をかしげながら、
光は借りてきた栗毛の馬を跳ばすのだった。

旅人の街を出てから4日目のこと。
光は王国の城の中の謁見の間にいた。
王国軍の証である紋章は、この国を治める女王から直接与えられるのだ。
戦争に身を投じる戦士に直に対面して、言葉を交わしたいというのが女王の考えらしい。
それにしても城というのは居心地が悪い、と光は思った。
無意味に派手な飾りなどはあまり見られないが、壁にかけられた織物、大理石の床にひかれた絨毯、
置かれている調度など目に付くもの全てが高価そうである。
中立地帯の片田舎出身の光は、この雰囲気にどうもなじめない。
居心地の悪い理由はそれだけではない。兵たちが逐一こちらを見張っているからである。
傭兵志願を装い、女王の命を狙う者かもしれないという危惧からだろう。
この謁見の間に入る前に聖なる光剣を王国軍の兵に預けたが、それだけで安心はしていないようだ。
恐らく、妙な行動をしたら即刻脇に並んで控えている護衛たちの槍で串刺し・・・である。
ただでも人の目線が苦手な光は一刻も早くここを出ていきたい気分だった。
落ち着きなく視線を動かしているところに、大臣と護衛と共に女王が姿を現した。
初めて目にした女王は、高貴で淑やかな美女だった。
豊かで艶やかな亜麻色の髪、紺碧の瞳、整った顔立ち。
ローブのような白い長衣に、緋色のガウンと布のケープを羽織っている。
手には青い宝石のついた銀色の杖を持っていた。
壇にあがり、ゆっくりと玉座につく若き女王の一挙一動を、光は床に跪いたまま見つめていた。
 「どうぞ、楽にしてください」
女王が口を開いた。優しく、落ち着いた声だ。
その言葉に少し安心した光だったが、極度の緊張の中から抜け出せず、まともに声も出ない。
恐らく、顔も強張っているだろう。
 「我が国に助力してくださること、とても感謝しています。それでは、王国軍の証である、紋章を」
後ろに控えていた大臣から紋章を受け取り、手にしていた杖を預けると、
女王はおもむろに立ち上がり、壇を降りて光の前に立った。
 「さあ、これをどうぞ」
女王を目の前にして膝をついたまま硬直してしまっている光に、彼女は優しく微笑みかけ、
紋章を差し出した。
 「あ、ありがたく、頂戴します」
何とか絞り出した光の声は若干掠れていた。おずおずと手を伸ばしてその紋章を受け取る。
森の木々を象った模様の中央に、女王の持つ杖と同じような宝石がついている。
城の入り口でも目にした、この王国の紋章だ。
 「私は本当は戦争など望みません」
再び玉座についた女王は、静かにそう呟きわずかに顔を曇らせた。
しかしそれも一瞬で、次の瞬間には強い意志を秘めた瞳を光に向けていた。
 「それでも、今は戦わなくてはなりません。帝国に滅ぼされるわけにはいかないのですから。
ただ・・・命を粗末にするようなことはしないように。私が言いたいのはそれだけです」
女王の視線を受け止めながら、光はただ遠慮がちに「はい・・・」とだけ答えた。
その返事だけでも満足げに頷き、女王は玉座から立ち上がった。
大臣と護衛を従え歩み去る女王の後ろ姿を、光は半ば呆然とした表情で見送っていた。

 「・・・はあ〜・・・」
謁見の間に続く廊下に、ようやく緊張から解放された光の溜息が響く。
城の雰囲気と、警備の目と、王国を治める女王に初めて謁見したことと、
幾重もの緊張のせいだろうか、今になって精神的な疲れがどっしりと光に圧し掛かっていた。
 「おい、この剣、いらないのか?」
おぼつかない足取りで城の門へと向かう光に、背後から誰かが声をかけた。
振り返ると、先ほど剣を預けた兵が、苦笑いしながらこちらに剣を差し出している。
 「ああっ、いります、いります。すいませんっ」
光は慌ててその剣を受け取り、頭を下げた。
 「しっかりしてくれよ。これから王国軍として戦争に参加する戦士が、剣を忘れてどうするんだ」
王国近衛騎士の特長ともいえる重厚な鋼の鎧に身を包んだその兵は、
王国軍の紋章がついている光の胸を軽く叩き、笑った。思ったより人のいいタイプのようだ。
 「気をつけます」
もう1度軽く一礼すると、光は踵を返し足早に去っていった。
 「結構抜けているみたいだが・・・大丈夫かな、本当に」
戦争に身を投じた光に一抹の不安を覚え、近衛兵は肩を竦めた。

城門から続く道の両脇には武具や薬草類を扱う商店が並んでいる。
城下町にしては規模が小さい。城直属の商店街のようなものだろうか。
そのうちの1軒である歴史のありそうな古い宿屋に、光は乗ってきた馬を預けていた。
 「馬、預けたままですいません」
宿屋に顔を出して、女将に声をかける。
 「気になさらずに。もう御立ちですか?」
 「はい。早めに旅人の街に戻りたいので」
 「そうですか。お気をつけて」
女将は笑顔で愛想よく光を送り出してくれた。
外に繋いであった馬の手綱を解いて、光はその背に跨った。
城壁の門まで来たところで1度馬を止めて振り返り、道の先にそびえる荘厳な城を見つめた。
 「俺も今日から王国軍かぁ・・・」
自分で選んだ道だが、何だか実感が湧かない。
胸につけた紋章もただの飾りのような感じがする。
再び馬を走らせ、旅人の街へと向かいながら、これからのことを考えた。
 (とりあえずは・・・死なない程度に頑張ろう)
考えた末に得られた結論は、その程度だった。
命を粗末にしてはいけないというのは女王からの言葉である。
しかしそれ以前に、王国軍のために命を投げ打つほどの忠誠心が光にはないようだ。
帝国軍に私怨があるわけではないから仕方ないのかもしれないが。
 「死なない程度に・・・って、うわっ」
ぶつぶつと考えてると、上空から何かに襲われ、慌てて上半身をかがめる。
 「考え事してる時に襲ってくんなよ!!」
上空を旋回し再び襲い掛かろうとしているモンスター・グリフォンに、光は叫んだ。
もちろん、相手にこちらの事情は関係ないし、言葉が通じているのかも怪しいのだが。
 「だから来るなって〜!」
騎士ではないため馬上の戦闘は苦手な光は、グリフォンに追われながら馬で駆け去っていった・・・

王国軍聖戦士・光。
彼の軍人としての人生は、この日から始まった。


                                  <続く>


【後書きのようなもの】
初の「女神」小説です。これからシリーズ化していく予定?(笑)

なるべく元の設定とゲーム内容を維持したままにしようとしているんですが・・・
王国の城とか紋章とかはオリジナルです。私的なイメージでやらせていただきました。
王国の城はもっと遠いと思うし(爆)
話を作ろうといろいろ考えてみると不思議なことが一杯出てくるんですね。
光がボソッと呟いたこともその1つですが・・・ゲーム本編に逆らってはいけません(爆)
私は自分のキャラが王国と市民なので、帝国サイドの話はできないんですが・・・
もしかしたらいずれ、やるかも・・・しれないしやらないかもしれません(爆)
次回からは晴日が主役になりそうです。光の主役話はこれ1本かな・・・(爆)
以上、作:山繭(御雷あきら) 監修(?):蒼さん 協力:南戸さんでお送りしました(笑)・・・後書き長いですか?


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