2.黒翼幻想曲(ファンタジア)


白い世界。白い雪があたりを埋め尽くす世界。
視界に写るのは、白。
だが次の瞬間、視界は「赤」に包まれる。
全てを焼き尽くす、猛き炎の、赤。
白い世界、紅い世界、そしてまた、白い世界。
妙に近くに雪の白が見える。
それを見て、ようやく自分が雪に覆われた地面に倒れていることを自覚した。
焼け付くように痛む身体を、雪が冷やす。
自由の効かない身体の代わりに視線を動かすと、
緑色の身体をした大きなモンスターがこちらに近づいて来てるのが見えた。
そのモンスター、ドラゴンが再び炎を吐きかけようとしているが、成す術がない。
吐き出された猛炎が、一気に身体を包み込んだ。
紅い世界。・・・暗い、世界。
そして・・・
・・・白い・・・世界?

辺りが夕闇に包まれる頃、旅人の街にある光と晴日の自宅では光が1人本を読んでいた。
晴日がいなければ自室もダイニングも変わらないと思ったのだろうか、
あるいは食事を作る気でもあったのだろうか。
ダイニングの木製のテーブルについて、手にした厚い兵法の本に黙々と目を走らせている。
が、どうもページをめくるスピードが速すぎる。
 「・・・ふう」
溜息をつくと同時にその本を閉じ、テーブルに置いた。
軍に入ったのだから戦略についても少しは学ぼうかと思い街の図書館で借りてきたのはいいが、
どうもじっくりと読む気になれない。もともと本を読むのは苦手なのだ。
こちらの方がまだ興味深い、ともう1冊の剣術に関する本を開く。
と、玄関のドアが開く音がした。
 「・・・ただいまぁ」
どうやら、晴日が帰ってきたようだ。
いつもよりどことなく声のトーンが落ちている気がするが。
 「おぉ」
本に視線を落としたまま、光は返事にならない言葉を返した。
そして、晴日がダイニングに入ってきたところでようやく本から晴日に視線を写す。
その瞬間、目を疑った。
 「うおっ!?」
思い切り後退りしようとして、しかし座ってた椅子に阻まれ、そのまま椅子ごと床にひっくり返る。
 「はははははっ、コケてるし〜!」
それを見た晴日は大きな声で笑い出した。
 「って・・・」
打ち付けた後頭部を押さえながらも、光の視線は大笑いしている晴日に、いや、
正確には晴日の背中の黒い「翼」に釘付けになっている。
わずかに身を屈めるような体勢になっている晴日の背中には、
畳まれてはいるが烏のような漆黒の「翼」がついていた。
 「お前、何だよ、その、羽・・・」
床に座り込んだまま、光がその「翼」を指差す。作り物だろうか。それとも、まさか・・・
 「ああ、これねぇ・・・」
ようやく笑いやんだ晴日が、ばつが悪そうな顔をした。
背中の翼がばさり、と音を立てて広がる。晴日が広げた・・・と言うべきだろうか。
偽物ではない。本物である。
 「んー・・・気がついたら生えてた・・・」
 「人間に自然に羽が生えるか!」
説明になっていない晴日の説明に、光が思わず怒鳴った。
 「いや、雪山に行ったらドラゴンにいきなり襲われてさー・・・」
怒鳴られてむっとした様子の晴日だったが、しぶしぶ覚えている限りのことを話し始める。
 「炎思いっきり食らいまくって気絶しそうになったときに何か光って、そしたら怪我が治ってさ・・・
 いつの間にか持ってたこの槍でさくっと倒してみました」
持っていた槍を見せて笑ってみせる晴日だったが、この口ぶりでは彼女自身状況を理解してはいないようだ。
よく見れば、身につけている衣はあちこち焼け焦げ、晴日の表情にもかなりの疲労が見える。
笑ってはいるが、一番笑える状態にないのは晴日だろう。
自分だけ動揺していても仕方ない、と光は少し冷静になる。
 「何か、特別な道具持ってたとか、そういうことがあるんじゃないのか」
ようやく床から立ち上がった光が、晴日の身につけていた道具袋を取り上げて覗き込む。
 「あ、混乱してて見てなかった・・・。何持ってたっけ?」
道具袋の中身を覚えていないらしい晴日も覗こうとしたが、それより先に光が袋の中から何かを取り出した。
何やら、青い石の欠片のようである。
それが何なのか2人揃って少しの間考え込んでいたが、やがて晴日が「あっ」と声をあげる。
 「ごめん・・・その石、綺麗だったからちょっと借りてたんだけど・・・割っちゃったか・・・」
どうやら、家に保管してあったものを晴日が勝手に持ち出したらしい。
晴日が知らない保管品なら、この石の持ち主は光という事になるのだが。
 「・・・」
親指大の石の破片を見つめたまま硬直している光に、晴日は怪訝な表情になる。
 「どした?大事なもんだったの?」
 「お前・・・この石・・・」
光がようやく口を開いた。怒っているような様子ではない。むしろ、愕然とした様子である。
 「何?それ何なの?」
不安になってきた晴日が、光の袖を引っ張り答えを要求する。
 「・・・この石・・・ギルドの錬金術師の人が、『復活の石』だって・・・」
復活の石。光が呆然と呟いたその言葉を聞いた晴日は一瞬きょとんとし、次の瞬間、顔面を蒼白にした。
 「復活の石って・・・それが壊れたってことは・・・つまり」
 「・・・1回死んだってことだな・・・」
復活の石とは、身につけていればもし命を落としても石の力によって蘇るといわれる奇跡の石と伝えられている。
そして、持ち主を蘇らせた石は身代わりとなるように割れて光を失うのだと。
 「まさか本当にそんな力のある石だとは思ってなかったけど・・・」
 「でも・・・何で羽が生えるわけ?」
顔を真っ青にしたまま、晴日が自分の背中の黒い羽をちらりと見つめる。
 「そんなこと俺が知るかよ・・・」
 「何だよ!人が大変なことになってるっていうのにっ!」
不安と動揺で気が動転している晴日は、冷たいとも取れるその言い方に逆上し槍の柄の部分で光を殴りつけた。
 「危ねーな!わかんねーもんはわかねーんだから仕方ないだろっ」
いきなりの一撃に驚いたものの、光は振り下ろされた槍をとっさに突き出した左腕で受け止める。
その手にもっていた袋から、残っていた石の破片が零れ落ちた。
 「ん?」
ふと、袋の中に破片以外にも物が入っていることに気がついた光がもう1度袋の中を覗き、手を入れる。
 「何だこれ」
袋の側面に張り付くようにして入っていたのは、1枚の古びた紙だった。
表側には見たこともない文字や記号が並んでいる。
よく見れば、それらは全て血で書かれているようだ。
 「これ・・・何だ?」
何が書いてあるのか全くわからない光は、晴日にその紙を渡した。
紙に書かれた血文字に目を通すうち、晴日の表情がみるみる変わっていく。
 「・・・マジで?」
ただでも大きめの目をさらに見開いて、光の顔を見上げた。
 「読めるのか?」
光もまた驚愕の表情で晴日を見る。
確かにこの世界には色々な言語がある。魔術に関する言語もある。
光は晴日に比べて魔術に関することは不得手だが、故郷の村で一通りは共に学んだ。
それでもこの紙に書かれた言葉は見たことがない。なのに何故晴日はこの言語を知っているのか。
晴日は軽く頷いて、その紙を顔の高さまで持ち上げて見せた。
 「契約の書だよ、これ。堕天使との」
 「・・・へ?」
妙にあっけらかんとした口調で、今確かに、晴日はものすごいことを言った。
 「つまり、私、堕天使になったみたいだね。あ、だからこの文字読めたのか」
堕天使。神に背き魔界に堕とされた天使たちのことである。
黒い翼を持ち、悪しき人間の魂を魔界に導き浄化する使命を担うという。
晴日は、どうやら契約によってその堕天使になってしまったようだ。
紙には血文字でそのことが記されていた。人間とは違う者たちの言語で、だが。
 「・・・はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げる光とは裏腹に、晴日は何だか嬉しそうに自分の羽を撫でている。
 「冒険ってやってみるもんだね〜・・・物語の中だけだと思ってたよ、堕天使なんて」
自分が堕天使になったと知った途端に先ほどまでの動揺はどこへやら、晴日はすっかりご満悦の様子だ。
 「ちょっと待て、何喜んでるんだ!」
はしゃいでいる晴日を光が止める。どう考えてもここで喜ぶのは何かがおかしい。
 「だって、1度なってみたかったんだもん、堕天使」
胸の前で手を組みこちらを見つめる晴日の目は・・・輝いていた。
そういえば確かに、と光は頭を抱える。
晴日は昔から天使や堕天使という伝説上ともいえるものに憧れていた。
いつか天使や堕天使に会ってみたい、と言っていたような気もする。
その憧れの堕天使になれたのだから、嬉しいのかもしれない。だが。しかし。
 「わかってんのか?堕天使になったってことは、もう人間じゃないんだぞ!?」
事の重大さに気付いているかすら危うい晴日に、光がじれったそうに言い放った。
そう、堕天使と契約したということは、人としての生活を捨てたことに他ならない。
つまり、今の晴日はもう人間ではない別の存在なのである。
改めて光の口からそのことを聞かされて、晴日の動きが止まる。
 「・・・そうか、人間じゃないのか・・・」
顎に手を当てて考え込む晴日だが、不意にその顔に笑みが浮かぶ。
 「ってことは人間より高位な存在なのかな?」
 「・・・」
敬え、と胸を張るその姿を見て、もう何を言っても無駄だと光はがっくりと肩を落とした。
本人がこの調子で自分だけが気を揉んでいるのも馬鹿馬鹿しいが、
本気で落ち込まれても自分には慰めようがないから、この方がいいのだろうか。いいのだろう。・・・多分。
 「何か疲れたし頭痛い・・・俺、部屋で休むわ・・・」
こめかみを押さえたまま、重い足取りで2階への階段の方に向かう光に晴日が慌てて声をかける。
 「え、もう寝るの?ご飯は?私も疲れてるんだけど」
夕食を作りたくない、外食も面倒くさい、というのが見え見えだったが、光は足を止めなかった。
 「その辺にあるもの適当に食ってろ・・・」
階段を登っていく足音を聞きながら膨れ面をしていた晴日だったが、
とりあえず手近にあったパンの袋を手にとった。
そして光がひっくり返したままの椅子を起こしてそれに腰掛けると、ふと目に付いたテーブルの上の本・・・
光が忘れていった兵法の本をページをパラパラとめくって何気なしに読みながら、パンを頬張った。
 「・・・何かつまんない、この本」

次の日の昼近く、光がだるそうにダイニングに入ってきた。
昨夜はなかなか寝付けなかった上に、何だか変な夢も見てしまった。目覚めはかなり悪い。
起きるのをやめようかとも思ったが、空腹には勝てなかった。何しろ、夕食も朝食も抜いているのだから。
しかし、買い置きの食料はもうほとんどない。
仕方がないので外に食べにいくかとぼんやり考えていると、背後のドアが開き、
あくびをしながら晴日が入ってきた。
 「・・・ねむ」
眠れなかったのか寝すぎたのかはわからないが、昼だというのに晴日はまだ眠そうに目をこすっている。
 「・・・お?」
振り返った光は首を傾げた。
昨夜あれだけ騒いだ原因である晴日の黒い翼が、ない。
あるいは、あれも悪い夢だったのだろうか。
 「晴日、お前、羽は?」
 「ん〜?ああ、何か引っ込められた」
相変わらず、晴日の言葉は説明になっていない。
 「・・・引っ込めた?どこに?身体の中に?」
やっぱり夢じゃなかったのか・・・と心の中で呟きながら、光がさらに質問を浴びせかけた。
 「言葉じゃ表現できないがとりあえず引っ込められたのさ」
人差し指を立て、晴日がにやりと笑う。これ以上詮索は無用、とでも言いたげだった。
納得はいかないが仕方がない。光は溜息をつき、晴日に背を向けた。
 「昼飯食いに行ってくる」
 「私も行く〜」
 「来るな」
 「やだ」
こんなやりとりも全くいつも通り。羽を「引っ込めた」晴日は、見た目普通の人間と変わらない。
それでも、今の晴日は人間とは異なる者なのだ。
堕天使へと「転生」した妹の姿を横目でちらりと見ながら、光はふと思う。
もしかしたら、こんな風に人間と変わらず暮らす隠れた天使や堕天使が、他にもいるのだろうか。
伝説が伝説ではなく身近な現実となるような、そんな感覚を覚えた。
 「腹減った〜さっさと行くぞ〜」
来るなという光の言葉など無視して晴日はさっさと家の外に出ていく。
しぶしぶ晴日の後についていきながら、光は今日2度目の深い溜息をついた。
 「伝説に伝えられる堕天使も、現実ではこんなもんかよ・・・というか飯食うのかい」
何となく夢が壊された気がしないでもない。
 「何か言った?」
晴日の問いに、いや、とだけ答えてから、光はぽつりと呟いた。
 「あの石、名前変えた方がいいよな。『転生の石』に」
 「事実生き返ってるんだからいいんじゃないの〜」
 「微妙なところだ」
頭の後ろで手を組んだまま、青く澄んだ空を見上げる。
光の頭の中では、1度は「死んだ」晴日の墓でも作ろうかという計画がひそかに練られていたのであった・・・


                                  <続く>


【後書きのようなもの】
堕天使編です。晴日は2話にしていきなり人間外です(爆)
ちゃんとジョブチェンジした順に書いていこうと思ったらこんなことになってしまいました。
これからこじつけが大変です。むしろ不可能かも。
今回は書きながらストーリーをちょこちょこと変更してました。いくつかパターン考えちゃって。
転生したことに関して晴日を落ち込ませてもよかったんですが・・・案外喜ぶかもしれないな〜と(笑)
晴日のキャラは今回の話で大体決まったかもしれません。
しかし、光のほうが扱いやすいせいか、思ったより目立ちましたね・・・(笑)
これからも目立たせちゃえヽ(´ー`)ノ<第1話の後書きって一体。
以上、今回は、作:山繭(御雷あきら) 監修(?):蒼さんでお送りしました(笑)


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