4.一握りの平和


旅人の街の外れには広場がある。
街に住む冒険者達にとっての憩いの場である。
散歩を楽しむ者、寝転がりくつろぐ者など、いろいろな者の姿が見受けられる。
その広場の端の方で、剣戟の音を響かせている者達がいた。
中立地帯であるこの旅人の街では冒険者同士の戦いは許されていない。
たとえ敵対関係にある王国と帝国の兵でも、剣を交えることは禁じられている。
その治安法は不思議なくらいに守られていて、今まで破られたことはほとんどない。
この2人もそれを破っているわけではない。
何故なら、光と晴日が剣の稽古をしているだけなのだから。
2人とも鎧など身に着けない軽装で、使っている剣も、訓練用の物であった。
 「やあっ」
晴日が大きく斜めに剣を振る。
それをわずかに後方に下がることで避けた光が、上段から剣を払った。
 「わぁ」
慌てて身を翻す晴日だが、足がついていかずにバランスを崩して尻餅をついた。
 「いた〜」
 「お前、剣大振り過ぎだよ。避けられたらその後隙だらけじゃん」
呆れ顔での光の忠告に、晴日は座り込んだまま拗ねたような表情をする。
 「む〜、休憩!」
ふてくされた様子の晴日にやれやれと肩を竦めながら、光もその場に腰を下ろした。
 「いつになったらあの剣ちゃんと使えるようになるかなぁ」
手元の草をぷちぷちと毟りながら、晴日がぽつりと呟いた。
晴日の言う「あの剣」とは、家に置いてある聖騎士の剣のことである。
ある日、晴日が突然「交換した」と言って持ち帰ってきた物なのだが。
その剣を扱えるようになるために、こうして光に稽古をつけてもらっていたのだった。
 「10年はかかるな」
いつも通りといえばいつも通りな光の小馬鹿にした口調に、
晴日はさらに腹を立てて光の頭めがけて拳を振るった。
それも光に事も無げにかわされてしまうのだが。
 「第一、この前まで兵士ごっこやってたと思ったら何で今度は聖騎士なんだよ」
 「だってかっこいいじゃん、聖騎士」
相も変わらず、理由は単純である。
むしろ、晴日の思考が単純というべきだろうか。
へらへらと笑っている晴日を見る光の顔が、不意に真面目な顔になった。
 「それに、聖騎士じゃ扱う力が正反対だろ。・・・堕天使と」
最後の言葉だけ、小声になる。
晴日以上に光の方が気にしているようである。晴日が堕天使であることを。
 「うーん、まあ、確かに逆だけどね。ある程度堕天使としての能力は自分の意志で抑えられるんだよ。
 羽を引っ込めるのもその1つだけど。だから基本的には支障はあんまりないんだけどさ・・・」
人に説明するのが苦手なせいか困ったような笑みを浮かべながら、晴日は足元の草を指で弄っている。
 「ほら、聖とか邪とかの7大属性はさ、剣とか鎧とかについてるでしょ。それはいいんだけど、
 問題は陽とか月とかなんだよね」
 「?」
かなり要約した物言いに、意味が掴めない光が首を傾げる。
 「7大属性は、剣とか鎧にその力を宿す技術が出来てるからさ。
 誰でもその属性の武器を持てば使える感じじゃん?魔法となるとまた別かもしれないけど。
 でも、陽や月の力は別の理で成り立ってるからそうはいかないでしょ?」
わかる?と言わんばかりに晴日が意地悪く笑みを浮かべた。
聖や邪などの7大属性は、それを司る精霊の力を武器や防具に宿す技術が確立されている。
扱う者によって属性が決まるのではなく、元々属性を持つ物をそれに適した人物が使うのである。
しかし、陽と月の属性は7大属性とは性質が違う。
 「武器そのものが陽とか月の力を持つようにする技術、ないからな。
 何かしらの精神的な働きかけが常にないと、陽や月の力は一ヶ所に留まってくれないし」
愛用の剣とは異なる練習用の剣を見つめながら、光が感慨深げに頷いた。
陽や月の力を武器に宿そうとするならば、
その持ち主の精神的な力で精霊の力を武器に留めさせる必要がある。
精神的な働きかけが常になければ、それらの力は武器から離れ、辺りに霧散してしまうのだ。
光は陽の力を扱う聖戦士。その性質に関してはそれなりに把握している。
 「武器もそうだけどね。陽や月に対する抵抗力は、その精霊の力に・・・というか
 その力が満ちる時間に、っていうのかな。いかに馴染むかっていう事になるでしょ。
 そうなると半ば体質だから、月の力に馴染んじゃった私は、陽の力にはあんまり馴染めないんだよね」
晴日は宙に手をかざし、そこにも満ちているはずの陽の精霊の力に触れようとするような素振りを見せた。
陽なら日中、月ならば夜半の行動や戦いに特に馴染んだ者は、
その時に満ちる精霊の力を身に宿すようになっていく。
陽光のある時間の戦いを好む聖戦士などは陽の力をその身に宿すようになり、
月光のある時間の行動を好む暗殺者などは月の力を宿すようになる。
精霊の加護を受けているとも言われるが、その原理は未だにはっきりとはしていない。
それでも、聖戦士や聖騎士に陽の力に対する耐性が、
また、暗殺者や暗黒騎士に月の力に対する耐性があるというのは経験的事実である。
それは生活や訓練の中で身につけた体質ともいえ、一度身についたものは容易くは変わらない。
 「まあ、簡単に言えばお前は聖騎士にはなれないんだろ」
晴日の長々とした説明を聞いた挙句に、光はその一言で片付けた。
 「・・・いーじゃんか別に、私が好きでやってみたいって言ってるんだから〜!」
 「はいはい、まあ勝手にごっこ遊びをしててくれ」
晴日の主張を手をひらひらと振って流し、光はその場に寝転がった。
草の柔らかい感触が心地いい。
 「・・・この怠惰軍人・・・たまには王国軍として戦ってこいっつーの」
ぶつぶつと悪態をついている晴日に、光は横目でちらりと一瞥をくれる。
 「俺たち傭兵は行動を決められてない。軍からの命令がない限りは、自分なりの判断で動けばいいんだ」
今の段階では、傭兵にはっきりとした命令は出ていない。
大規模な軍隊の必要な時に召集があるかもしれないが、普段の行動は自身の判断による。
王国軍に背くような行動さえ取らなければいいので、制約はほとんどないのだ。
 「でもさー、何か変じゃない?」
両手を頭の後ろで組んで枕代わりにしたまま空を見ている光の顔を晴日が覗き込んでくる。
 「何が」
 「王国と帝国は何で同じ街で傭兵募集してんの?あんなに大っぴらに募集したら、
 下手したらスパイとか来ちゃうんじゃないの」
晴日が疑問に思っているのは、旅人の街にある王国・帝国それぞれの軍登録所のことだ。
確かに、軍の登録には制限がない。誰でも自由に登録できる。敵軍に所属している場合は不可能だが。
ただ、軍の所属の証が紋章だけなのなら、如何様にもできるはずである。
 「まあな・・・王国軍も、それは警戒してたみたいだよ」
軍の証を受けに王国の城に行った時のことを思い出す。
あの時の異常な警戒は恐らく、帝国の者が入隊を装って入り込むことへの危惧からなのだろう。
それでも王国軍はあえて旅人の街に軍の登録所を設けている。
 「だったらさぁ」
 「でも、それでも兵を募らなきゃならない状況なんだろ、きっと」
晴日の言葉を遮って光が言った。晴日の顔は見ずに空を見上げたまま。
晴日は納得していないような様子だったが、あえて反論はしなかった。代わりにまた別の疑問を呟く。
 「傭兵を集めて戦うよりももっと効率いい倒し方もありそうな気がするけど、
 王国も帝国もそういうのはあんまりやらないんだね。帝国とかやりそうなイメージなのに」
晴日の帝国の印象は若干歪んでいるようだ。
暗殺とか猛毒を撒くとか人質をとって降服をせまるとか・・・と晴日はいささか怖いことを呟いている。
 「俺だって指導者が何を考えてるのかははっきりとはわからないけどさ。
 王国の女王陛下はそんなことやらないだろうな・・・戦争そのものも望んでないんだから」
 「じゃあ、帝国の皇帝は?」
 「帝国側の考えなんてもっとわからん。でも、そういう形での勝利は望んでないんじゃないのか?
 何というか、正面からぶつかって勝つことに意味があるというか・・・」
自分の中の考えがまとまっていないのか、光の言葉が途切れた。
晴日も「むー」と唸りながら何やら考え込んでいる。
おもむろに光が身体を起こし、軽く伸びをした。
離れたところで自分達の時間を過ごす人々の様子を眺めながら、口を開く。
 「・・・きっと、王国も帝国も自分達の正義を貫こうとして、それがぶつかり合ってるんだろうから、
 だから下手な小細工とか策略とか使わないで正面からの真っ向勝負をしてるかもな。
 まあ、俺の勝手な考えだけど」
そこには善悪などはない。
お互いに自らの信念を持ち、それがすれ違うから争うことになる。
 「それじゃ、ずっと終わらないんじゃないの、この戦争」
溜息混じりに晴日が問い掛けた。
中立地域育ちで軍にも属さない晴日にとっては、戦争をする者達が理解できない面があるようだ。
戦争に参加している光には、厳しい言葉である。
 「たとえこの戦争が終わったとしても、争いそのものはなくならないだろ、多分」
淡々とした口調で、光が言った。
割り切ったような口振りだが、実際は違う。
本人が思うほどには割り切った見方ができないのが、光の弱みであるのだから。
 「・・・何悟ったような口きいてるんだか」
遠くの景色も見つめたままの光の後頭部を晴日が平手で叩いた。
 「てっ・・・何だよ!」
 「ふふふ、隙あり」
してやったり、という表情で晴日が笑う。
 「相変わらず不意討ちに弱いねぇ・・・そんなことだといつか誰かに殺られるかもよ」
 「うるせーな、お前に言われる筋合いねーよ!」
光の怒鳴り声などお構いなしに、晴日はさっさと立ち上がり
地面に置いていた剣を手にとって走って行ってしまった。
自分で稽古を頼んでおきながら勝手に何処かに行ってしまうあたりは、相変わらずのマイペース振りである。
 「何なんだよ、ったく」
追いかける気も失せて、光は再び草の上に横になる。
青空とそこを流れる雲を見つめながら、ふと考えてみる。
自分の身を投じた「戦争」について。
終わる時が来るのだろうか。いつ、どんな結末で。
 (ま、そんなのまだ誰にもわからないか)
悩むのは性に合わない、と考えるのをあっさりとやめて光は目を閉じる。
草が風に揺れ、光の頬を撫でた。


                                  <続く>


【後書きのようなもの】
聖騎士編です。でも晴日じゃなくて光が主役っぽいです(笑)
無理に2つのテーマを同じ話にまとめたような・・・ま、いっか(マテ)
今回はまさに私的「女神の受難」という感じですね。
属性とかの捉え方は私個人での見方です。
実際女神でどうなってるのかは不明ですが・・・(笑)
戦争に対する考え方も私なりの考え方です。あは(何)
しかし、光って案外物考えてるんですね(笑)
ちなみにサブタイトルは適当です(ぇ
以上、作:山繭(御雷あきら) 監修(?):蒼さんでお送りしました♪


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