5.神を滅する剣


吹き付ける潮風が濃紺のマントをなびかせる。
旅人の街の南東に広がる海岸。ここは「裏切の海岸」と呼ばれている。
いつから、何故そのように呼ばれるようになったのかはわからないが、
旅人の街に住む者たちは皆そう呼んでいた。
沖合いの入り江には人魚が済んでいるとも伝えられる、冒険者なら誰でも知っている海である。
潮風に身をさらしたまま、光は1人、ただ黙って海を見つめていた。
光は海の波の動きを見ているのが好きだった。
放っておけばいつまでもその場で海を見ていたことだろう。
だが、この日はそういうわけにはいかなかった。
 「・・・」
背後で何か物音がした気がして振り返る。
真っ先に目に入ったのは剣を持った誰かが斬りつけてくる姿だった。
 「うわっ」
反射的に身を翻してその攻撃を避ける。光としては奇跡的な反射神経である。
慌てて距離をとる光だが、剣を繰り出した何者かは気にした様子もなく剣を振るった。
その剣の一閃が、複数の気の入り混じった刃となり真っ直ぐ光に襲い掛かる。
 「な!?」
見た事のない剣技に動揺し、反応が遅れた光をその刃が捕らえた。
 「がっ・・・」
まともに攻撃を受けた光は弾き飛ばされ砂の上に叩き付けられる。
それでも最小限のダメージで済んだのは、精霊の加護を受けた防具のおかげだろう。
砂にまみれた身体を起こしながら、ようやく剣を抜く。
相手はこちらに剣を向けたままだが、近づいてくる気配はない。
よく見れば、茶褐色の髪をした若い騎士だ。自分と同じくらい・・・いや、あるいは自分より若いだろうか。
それでも、銀の甲冑と深紅のマントを身にまとうその姿は自分などとは比べ物にならない威圧感がある。
生まれながらの王者の威厳とでもいうのだろうか。
王国の女王とも通ずるところがあるが、それ以上に何か鋭い、気圧されるような気配を持っている。
構えている剣も、その秘めた力がオーラのように剣身を包んでいるようにも見える。
相反する2つの力を備えているせいか、神々しさと禍々しさを併せ持つような剣だ。
距離を置いて見ても、普通の剣ではないことは一目でわかる物だった。
 (何者なんだろう?帝国軍にはすごい奴がいるんだな・・・)
体勢を整えて対峙する光の掌に、知らず知らずのうちに汗が滲んでいる。
正直なところ、勝負はしたくない。雰囲気に圧倒されている自分に勝ち目があるとは思えない。
しかし、勝負を放棄して逃げるにしても、背を向ければまた先程の剣技の餌食になることが目に見えている。
何とかしてこの場をしのぎたい。日のあるこの時間ならば、陽光の力を借りた技も可能である。
オーラソードが上手く決まれば、それなりの傷を負わせることもできるだろう。
上手く決まれば、の話なのだが。
何とか隙を見出せないものかと、緊張感に耐えながら相手の様子を窺っていると、
不意に男が口を開いた。
 「どうした、来ないのか?」
初めて聞いた声は、張り詰めた空気を破ることのないいささか冷たいものだった。
 「怖気づいたのか?王国兵」
嘲りを含んだような言葉が光の胸に突き刺さる。怖気づいている。その通りなのだろうか。
否定は全くできない。それでも、肯定はしたくはない。なけなしのプライドである。
何も言わないままの光に、男はさらに問い掛けた。
 「敵軍と戦う気がないのなら、お前は何故軍に入った?」
 「・・・」
光は思わず絶句した。
王国軍に属した理由。戦争の中に身を投じることを選んだ理由。
それは単純な正義感というものや、王国への忠誠心というものとは、違う。
しかし、光の中でも明確な答えが出ていない。自分が何故こういう道を選んだのか。
あえて言うのであれば、憧れ・衝動・・・だろうか。
理由になっていないと言われるかもしれないが、これしか言いようがないのだ。
甘い意識で踏み込んでしまったことを、今では痛感している。
 「答えろ」
一向に口を閉ざしたままの光を男が睨むように見据える。
 「わからない」
口をついて出たのは、たった一言だった。
 「わからない、だと?」
呟くような光の答えを聞いた男の口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
 「呆れたな。戦う意志も薄弱な者に軍の証を与えるとは・・・王国軍も堕ちたものだ」
嘲笑混じりに言い放つと、男は突然、光に向けていた剣を下げた。
 「え?」
いきなりのことに怪訝な表情を浮かべる光だが、相手の意図が読めない以上、緊張を解くことはできない。
またあの剣技を使ってくるのかと身構えていたが、それは無駄な努力だった。
 「・・・斬る気が失せた。その程度の度量なら俺が手を下さなくとも誰かに殺されるだろう・・・今日は見逃す」
 「はぁ」
予想外の展開に、光は間の抜けた声を漏らした。
信用していいものなのか。頭の中が混乱してしまっている。
この隙に自分から攻撃を仕掛けようという考えにすら及ばないらしい光は、やはり甘いのだろう。
 「もし、次に敵として会うことがあれば・・・」
男が再び剣を上げ、顔の前に示してみせる。
 「その時はこの『神殺しの剣』の錆にしてやろう」
剣を構えてはいるが棒立ちになっている光に冷たい一瞥をくれ、
男は深紅のマントを翻して背を向けて、去っていった。「神殺しの剣」を鞘にしまいながら。
その後ろ姿を見ながら、光はようやく剣を下ろす。
 「神殺しの剣・・・って・・・」
聞き覚えのある剣の名に少し考え込んだ光だが、次の瞬間はっとなる。
神殺しの剣。かつて名を馳せた偉大な錬金術師によって作られた、神をも滅するといわれる剣である。
そして、その剣を持つといわれるのは。
 「帝国・・・皇帝・・・?」
そう、帝国軍の皇帝その人である。
真偽は定かではない。帝国皇帝が1人でこのような場所に来ることもありえない。
それでもあの威圧感。そしてあの剣。偽者であったとしても、ただ者ではないだろう。
あの男が、敵軍にいる。他に本物の皇帝がいるのなら、あの男以上の実力があるのかもしれない。
これからも訪れるであろう帝国軍との戦いの中で、再び戦うことがあるのだろうか。
ぼんやりと立ち尽くす光に、潮を含んだ一段と強く冷たい風が吹き付けた。
煽られたマントがばさりと音を立てた。

強い潮風が、茶褐色の髪を乱す。
「神殺しの剣」を腰に携えた男はそのまま海岸を離れ、留めてあった軍馬の手綱を解き、その背に跨った。
 「さっさと潰しておく手もあったけどな・・・」
光の事を思い出しながら、ふと海岸の方に視線を向ける。
王国兵、あるいは王国軍に属した傭兵を見つけたら斬るつもりだったのだが。
神殺しの剣の力を刃として離れた敵をも切り裂く剣技、「真空斬り」。
その威力は神殺しの剣の持つ力に依存している。
真空斬りで切り裂くことができないということは、神殺しの剣も通用しないだろう。
だからあえて勝負を続けるのを避けた。
その上、聖戦士であるなら陽の力を使ってくる。
自分は陽の精霊の加護は受けていない。
向こうが気付いていたのかどうかはわからないが、属性に関してはこちらの方が不利だったのだ。
相手が戦況を読めなかったことに救われたのかもしれない。
もっとも、あの男の剣の技量次第では形勢を変えられたかもしれないが。
次に敵軍兵として会う時には。その時は確実に勝負をつける。
もちろん、自分の勝利という結末で。
手綱を操り、海とは逆方向に馬を走らせ始める。
鞘に収められた剣が上下に揺れた。
帝国皇帝が持つと言われる「神殺しの剣」。しかし、それを持つこの騎士は皇帝その人ではなかった。
皇帝とは別人でありながら皇帝と酷似した容姿を持つ・・・影武者であった。
彼の本当の名を知るものは、帝国皇帝と、彼自身だけである・・・


                                  <続く>


【後書きのようなもの】
光vs皇帝(影武者)編です。
森と月の中では初めてバトルシーンがあったような・・・
光はあまり強くない(という設定なんです)ので大変ですね。
油断すると強くなっちゃいそうで(爆)
しかし、皇帝のキャラ設定がまた個人的なものですね。
光より若かったら20そこそこか下手したら10代ですよ(苦笑)<光は22
そういう設定になったのはやはり歴代皇帝ジョブの人が若い人だったからなんですが。
ちなみに現在皇帝はがすと氏ですが、特にモデルにはしませんでした(爆)
女王と同じでキャラそのもののイメージで書かせてもらいました。
皆さんのイメージとは違っているかもしれませんが。
以上、作:山繭(御雷あきら) 監修(?):蒼さんでお送りしました♪


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