6.暗黒騎士の休日


 「あつーい・・・」
通りの脇に生えている木の陰で日差しを避けながら、晴日がうんざりと呟いた。
今日は日差しが強くとても暑い。暑いのが苦手な晴日にとっては最悪な日である。
外出したはいいが日向を歩けば黒髪に日光がじりじりと照り付けてくる。
肩にかかる長さの髪を後ろで束ねて少しでも涼しくなろうとするが、暑いものは暑い。
足を出すような服装を好まないため、足首までしっかり覆う服を着ていることもまた暑さに拍車をかけている。
木陰は幾分ましであるが、それでも晴日が耐えられるほどではない。
出てきたばかりだがやはりもう家に帰ろうかと思案していると、すぐ横の道を1人の騎士が通り過ぎていくのが目に入った。
 「あー、Maliceさん」
晴日が声をかけると、その騎士は足を止めて振り返った。歩いてくる晴日の姿を見てああ、と表情を少し和らげる。
どうやら、木の陰にいた晴日に気付かなかったらしい。
騎士の名はMalice。帝国軍屈指の傭兵としてこの旅人の街でも名の知られている暗黒騎士である。
「悪意」という意のその名は通り名であり、本当の名を知るものはMalice自身以外誰もいなかった。
体型はやや細身であるが、その剣の腕は相当なものである。
また、狙った相手に対する容赦のない戦い方から、ともすれば怖れられ敬遠される存在でもあった。
そんな評判を知らないのか、あるいは知っていても気にしないのだろうか、
晴日は酒場で顔見知りになったMaliceにいつしかすっかり懐いている。
 「Maliceさーん、暑いよー」
 「今日は暑いですね」
晴日の言葉に同意はしているものの、端から見ても汗だくで暑さに参っているのがわかる晴日に比べ、
涼しい表情をしているMaliceはあまり暑がっているようには見えない。
薄い青の見た目には涼しげな色の服を着た晴日より、黒い服をしっかり着込んだMaliceの方が余計暑そうな印象なのであるが。
 「特に頭が暑いです」
 「まあ、その髪の色じゃ仕方ないでしょう」
晴日の真っ黒な髪を眺めながら、Maliceが冷静に意見を述べた。
 「そうなんですけどね・・・」
晴日は複雑な表情でMaliceの銀色の髪を見つめていたが、髪の色は生まれついたものなので仕方がない。
 「どっか涼しいこと知りませんか?家の中も暑いですし。・・・この暑い中、部屋に閉じこもってる奴もいますけどね」
 「・・・光さんですか?」
わずかに首を傾げて尋ねてくるMaliceに晴日はこくこくと頷いてみせる。
 「最近光ってば妙に塞ぎこんでるんですよね。何か考え事してるんだか悩んでるんだかわかりませんが。
 聞いても教えてくれないですし」
ここ数日、光は食事時以外ほとんど自分の部屋から出ていない。
ちょうど、海岸への遠出から戻ってきた日からである。
「神殺しの剣」を持つ男・・・帝国皇帝の影武者との邂逅以来、光は軍人としての、戦士としての自分に完全に自信を無くしていた。
もともとそう自信があったわけではないのだが、戦う意志も覚悟も薄弱であると面と向かって指摘されたのがひどく堪えていたのだ。
しかし、晴日はそのことを知るよしもない。
 「・・・あれ、何で同じ本2冊持ってるんですか?」
自分で話を振っておきながら、晴日の興味は既にMaliceの持っている2冊の本に移っている。
このように勝手にどんどん話題を変えていくのが晴日の悪い癖だ。
 「この本ですか」
そんな晴日のペースに慣れているMaliceはさして気にした様子もなく抱えている本に視線を移した。
ハードカバーではあるが、せいぜい300ページほどのそう厚くない本である。
 「このままだとただの本なんですけどね。ちょっと錬金ギルドで加工してもらおうと思って」
 「加工?」
意味がつかめず晴日が不思議そうな顔をする。
 「本に魔力を篭めるというか、むしろ本の魔力を引き出すというか・・・。冒険をしながら真理や伝説の探求をしている学者とかは
 魔力を持たせた本をうまく使って武器にしているそうです。もっとも、大量印刷されてるこの本は、大した魔力はないでしょうが」
 「へぇー。でも、Maliceさんは騎士ですよね」
Maliceの説明に、晴日がいぶかしげな表情をする。
剣の扱いに長けた騎士が本を武器にする必要はないだろうと考えたからだ。
本当は堕天使でありながら小銃や聖騎士の剣を扱っていた自分のことなどそっちのけである。
 「自分が使うわけではないですよ。同居人に頼まれたんです」
 「あ、なるほど」
その答えに晴日は納得したように頷いた。
ずっとその姿を見てきたせいか、あるいはイメージのせいだろうか。Maliceにはやはり暗黒騎士が似合う、と晴日は思う。
強大な戦闘力を持ちながら、その意志が暗黒域に達した騎士・・・聖騎士と対を成す、邪悪な印象のある暗黒騎士が
イメージに合うというのは誉め言葉にはならないかもしれないが。
 「・・・で、何で2冊?」
はた、と最初の質問に答えてもらっていないことに気付き、晴日が改めて尋ね直す。
 「いや、一応、予備で」
飄々とした口調で流すようにMaliceが言った。
相変わらず考え方が掴めないな、などと思いながらも晴日はあえて何も言わなかった。
 「でも本に魔力を篭めて武器にするなんて面白いですねー。今から錬金ギルドに行くんですか?」
 「そのつもりですが」
 「私もついていっていいですか?」
よほど興味を惹かれたのだろう。晴日がにこにこと笑顔で尋ねてくる。
 「別に構わないですが・・・」
MaliceはMaliceでまた、晴日の思考・・・いや、嗜好というべきか・・・が掴めずに内心首を傾げていた。
何がそんなに興味深かったのかよくわからないが、とりあえず気にしないことでこの場をまとめることにした。

 「お待たせしました」
黒いローブに三角帽子、錬金術師の典型的な服装をしている女性が、Maliceが持ってきた2冊の本を持って奥の部屋から出てきた。
彼女はこの錬金ギルドを営んでいる錬金術師だ。
本に魔力を篭めるのは、現時点では腕利きの錬金術師である彼女の専売特許である。
彼女の錬金作業はギルドの奥の部屋にある工房に閉じこもって行われているので、
どのような方法を使っているのかは誰も見ていない。
本の加工の間、ギルドのあちこちを落ち着きなく見てまわっていた晴日が、彼女が部屋から出てくるのを見るなり
素早くカウンターまで戻ってきた。
 「見た目は変わらないんですねー」
 「魔力を篭めるだけですからね」
晴日の呟きに錬金術師が笑顔で答える。
Maliceは晴日の横で黙って本の1冊のページをパラパラとめくっている。
確かに加工前とは比べ物にならない魔力が本全体、全てのページに宿っているのを感じる。
この魔力をうまく使えれば十分武器として使いこなせるだろう。
カウンターに置かれたままのもう1冊の本を手に取り、晴日もまたしげしげと眺める。
そして、
 「えい」
いきなり横のMaliceを本で叩こうとした。もちろん軽くだが。
Maliceは晴日の方を向かないまま、その本を片手で軽く受け止める。
 「いきなりですな」
さして驚いた様子もなくMaliceが晴日の方を向く。
 「・・・さすがに光とは違いますね」
Maliceの視線に晴日は照れ笑いのような笑みを浮かべた。
この台詞からいくと、光に対してはよくこのような事をしているようだ。
 「・・・使い方が若干間違っているような気が・・・」
2人のやりとりを見ていた錬金術師から、控えめな突っ込みが入る。
 「確かに魔力で包まれているので普通に叩いても多少は攻撃力があると思いますが・・・本来は本の魔力を敵にぶつけるという形になります。
 魔法に近いものがありますね」
 「そういう使い方になるでしょうね」
 「やっぱりそうですよねー」
Maliceは当然わかっているようであったが、笑って誤魔化している晴日が本当にわかっていたのかは怪しいところである。
 「練習したら私でも使いこなせますか?」
 「ええ、訓練さえすれば、ある程度なら誰でも」
錬金術師の言葉に晴日の顔が輝く。
 「じゃあ、練習してみようかなー」
 「・・・晴日さん、この前まで聖騎士の剣使ってたような・・・」
楽しそうに本を見つめている晴日の様子をみながら、Maliceがぽつりと言った。
兵士の小銃で海岸のモンスター相手に戦っていたかと思えば、
それから2週間もすると聖騎士の剣で砂漠のモンスターと戦っている。
このように晴日の気まぐれはいつものことなのであるが。
 「それはそれです」
人差し指を立てながらたった一言で片付ける晴日に、Maliceは若干呆れの混じった苦笑を浮かべながら、肩を竦めた。
 「私も作ってもらおうっと。Maliceさん、この本どこで買いました?」
Maliceの反応などお構いなしに晴日は話を進めていく。
 「本当に使うつもりですか?」
 「はい」
やる気満々の晴日の様子に、Maliceは一瞬何か考える素振りを見せてから口を開いた。
 「それなら、その本使っていいですよ。予備ですから」
 「・・・いいんですか?」
思いがけないMaliceの申し出に、ねだったつもりのない晴日は遠慮がちな口振りで尋ねる。
 「ええ。その本の代金と加工料さえもらえれば」
そこはしっかりと釘を刺しておいたが、晴日にとってはそんなことは大した問題ではなかった。
今ここでこの本を手に入れられたことがとても嬉しかったのだから。
 「じゃあ、あとでお金渡しますね。ありがとうございますー」
本を胸に抱えて、晴日はMaliceにぺこりと頭を下げた。
まるで子供のような喜び方に、22歳という晴日の実際の年齢を知っているMaliceはもう1度軽く肩を竦める。
 「・・・行きますか。どうもありがとうございました」
錬金術師の女性に会釈し、ギルドを出ようとするMaliceを晴日も慌てて追いかけた。ギルドのオーナーに首を動かすだけの会釈をして。
 「じゃ、家からお金取ってきますね」
ギルドを出るなり晴日はそう言い残して自宅のあるカシス通りの方へ駆けて行った。
先程まで暑さにまいっていたのが嘘のような元気さである。
 「まだ本の代金教えてないんですが・・・まあそう高くはないから平気ですかね」
肝心なことを聞かずに走って行ってしまった晴日の早とちりぶりに、Maliceは溜息交じりの微笑を漏らしていた。


                                  <続く>


【後書きのようなもの】
久し振りのアップです。誰かにプレッシャーをかけられたからではありません(謎)
しかし、前回がバトル物だっただけに今回はかなり物足りないかも・・・(汗)
激しくまったり系ですね。箸休めにどうぞ。(謎)
サブタイトルにもあるようにすっかりMaliceさんメインになった今回の小説・・・。
暗黒騎士のイメージなので(本人に希望ジョブもを聞いても「暗黒騎士で」と即答でした)銀髪です。
でもって細身です。イメージです、イメージ(ぇ
Maliceさん出したのならバトルものにすべきだったかもですが・・・(ぇ
それはまたの機会に。(謎笑)
晴日の外見も今回ようやく少し書きましたが・・・どうでしょう、イメージと違うとかありますか?
髪の色などは晴日も光も同じです。双子ですし。
しかし、光がでてこないと個人的にもつまらないですね(マテ)
すっかり悩める青年になってますが、誰か応援してやってください(笑)
以上、作:山繭(御雷あきら) 監修(?):蒼さん 友情出演(??):Maliceさん でお送りしました♪


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