8.白き翼の天馬


草を踏みしめる音が静かに響く。
もう幾分か冷たさが混じる風の吹く草原を、晴日は1人歩いていた。
暑がりの晴日にとっては適度に涼しいこの時期は好きな時期である。
心地よい風と澄み切った青空に誘われるように、散歩がてらに草原へやってきたのだった。
晴日の腰にはふぁんから貰ったアサシンダガーが携えられている。
人の手の入っていないこの絶望の草原は美しい自然のままの風景を持つと同時に魔物たちが多く住み着いているという面も持っている。
何の備えもせずに訪れるには危険な場所であった。
晴日もそれは十分承知しているはずである・・・が、周りをきょろきょろと見ながら軽い足取りで進む晴日の様子は
どう見ても気楽な散歩にしか見えない。
ちらちらと姿を見せる動物や鳥たちが晴日の目を楽しませる。
幾つか聞こえる鳥の鳴き声に聞きなれないものを見つけ、声の主を確かめようと晴日は空を見上げた。
が。
 「・・・?」
目に入ったのは鳥の姿ではなく、白い光りだった。
その光りが輝く軌跡を描きながら舞い降りてくる様を晴日はぽかんとした顔で見つめる。
やがて、晴日から少し離れた地面まで降りてくると光りは見る見るうちにその姿を変え、白く美しい羽を持つ白馬となった。
 「わー、ペガサスだ」
晴日が思わず感嘆の声を上げる。
白い翼で天を駆ける天馬・ペガサス。
本来神聖なものであるペガサスは、持つ気配も神々しく魔物のそれとは異なっている。
 「そこの娘」
ペガサスがその理知的な瞳を晴日に向けた。
 「うぉ、喋った」
馬が喋る、などという事は全く予想していなかったため、晴日は思わずたじろいだ。
 「・・・どうやら人間ではないようだが」
一目見るなり、ペガサスは晴日が人間ではないことを見抜いた。
恐らく、ペガサスには晴日の気配が人間とは違う事を容易く感じ取れるのだろう。
 「どちらでも構わぬ。・・・娘、私と勝負せよ」
 「はい?」
唐突な申し出に晴日は目を丸くした。
 「我々は人間に勝負を挑み、その人間の力量を見極める。主としてふさわしい人間ならば、その者の足となるべく仕えるのだ」
 「はぁ」
要領を得たのか得ないのか、晴日は気の抜けた反応をするのみである。
冒険者の間でペガサスに会ったという話はよく聞く。それに、実際移動にペガサスを使う者もいるという。
一体どこでどうやってペガサスに会い手懐けたのかと思っていたが、こういうことだったのかと晴日は心の中で納得する。
 「では行くぞ」
羽を羽ばたかせ、ペガサスの身体がふわりと宙に浮く。
そしてそのまま晴日に向かって突っ込んできた。
 「ひえぇ」
いきなりの事に慌てた晴日は転びそうになりながらその突進を避けた。
 「って、まだ勝負するなんて言ってないじゃないかっ」
勝負を承諾した覚えのない晴日の抗議には耳も貸さずに、ペガサスは空中でUターンし再び向かってくる。
 「ひぃ」
晴日は飛び退きながらアサシンダガーを鞘から抜いた。
再三自分に突進してくるペガサスを迎え撃とうと構えるが、
 「・・・やっぱ怖っ」
間近に迫ってくる姿を見るとどうしても恐怖心が先立ち身体が逃げてしまう。
 「戦いたくないのなら逃げても構わない」
 「・・・」
そのような言い方をされると晴日も引き下がりたくなくなる。
何より、ペガサスに乗ってみたいのだから。
正面から向かうのが怖いのであれば背後から攻めるという手もある。
が、素早さはペガサスの方が上であり背後を取るのは難しい。
たとえ背後を取れたとしても、ペガサスも馬である以上後ろ足で蹴られでもしたらただではすまないだろう。
ならば如何に攻めるべきか。
三度ペガサスが晴日に向かって突進してくる。
アサシンダガーを握り締め晴日はペガサスを見つめていたが、ある程度間合いが詰まった所で今度は自分から向かって行った。
ペガサスの身体ではなく、羽を狙って。
アサシンダガーが振り下ろされるのと、羽が晴日にぶつかるのがほぼ同時であった。
短剣はペガサスの羽を切り裂き、白い羽が宙を舞う。
晴日は羽に弾き飛ばされ地面に倒れた。
 「いたー・・・」
羽のぶつかった所を押さえながら身体を起こすと、ペガサスが地を蹴って駆けてくるのが見えた。
先ほどの晴日の攻撃のせいで片翼が折れてしまったため、空中を移動する事が出来ないのである。
 「うわ、危なっ」
転がってそれを避ける。
もし踏まれでもしたら、背骨を折られてしまいかねない。
ペガサスは晴日への突進を繰り返そうとしたが、翼を使えない以上方向転換には大きくカーブするか一度減速し向きを変える必要がある。
ペガサスが減速して方向を変えたのを晴日は見逃さなかった。
 (あの時なら攻撃できるかも・・・)
ひとまず体勢を立て直すと、ダガーを構えてペガサスの接近を待った。
誘いに乗るかのようにペガサスがこちらに向かってくる。
出来る限りペガサスを引き付けてから突進をかわし、晴日はダガーを振るった。
付けた傷は浅かったがそれは構わなかった。
そのまま振り返ってペガサスの後を追う。
その動きから晴日の思惑にペガサスも気付いてはいたが、あえて速度を落とし向きを変える方法を取った。
ペガサスが方向を変え地を蹴った時には、晴日がダガーを振り被っていた。
晴日とペガサスが交錯する。
とっさに身体をひねってペガサスの体当たりを避けた晴日は勢い余ってそのまま地面に転がった。
ペガサスが悲鳴のようないななきを上げる。その身体にはダガーが突き刺さっていた。
 「やったかな・・・」
膝立ちの体勢で晴日はペガサスの様子を窺う。
ペガサスは力なく膝を折り地面に伏せると首だけを晴日の方に向けた。
 「・・・まあいいだろう・・・。そなたをわが主としよう」
妥協した様子が少々窺える口振りではあったが、それでも晴日の力を認めてはくれたようである。
リィィン。
どこからともなく澄んだ音が聞こえた。
と、晴日の目の前に仄かな光りに包まれた銀色の綺麗な鈴が現れた。
その鈴はゆっくりと下りてくると差し出された晴日の手の中に収まった。
 「鈴?」
 「その鈴の音はどこからでも私の耳に届く。私を呼びたい時にはその鈴を鳴らすといい」
ふぅん、と晴日は鈴を軽く振って鳴らしてみる。
 「それから1つ忠告する。この短剣で戦うのはそなたにはあまり向いていない・・・向き不向きを考えた方がいい」
それだけ言い残すと、ペガサスは再び光りとなって空へと消えていった。
ペガサスのいた場所には晴日のダガーがぽつんと残されていた。
 「・・・確かにそうだけどさ」
自覚している事を改めて指摘されてしまい複雑な表情をしながら、晴日はダガーを拾った。

 「ち、ちょっと、もっと静かに飛んでよっ」
悲鳴にも似た叫び声を上げながら晴日がペガサスの首にしがみ付く。
 「あまり強くしがみ付くな。飛びにくいし苦しいだろう」
ペガサスがやや迷惑気に言い放った。
あれから2日。
久し振りに遠出をしようとペガサスを呼びその背に乗せてもらったまではいいが、
徐々に離れていく地面を見てしまった時から晴日の様子が一変したのである。
下へ下へと見えない何かに引き寄せられるような感覚がする。
今にもそれに誘われてふらりとバランスを崩して落ちてしまいそうで、ペガサスにしっかり捕まっていないと怖くて仕方がない。
高所恐怖症、とは少し違うようであるが。
 「第一、万が一落ちたとしても堕天使ならば翼が使えるだろう」
普通の人間と違い自力で空を飛ぶ術を持つ堕天使でありながら必要以上に怖がる晴日にペガサスもすっかり呆れている。
 「羽なんかほとんど使ってないから慣れてないんだよねぇ」
堕天使に転生してしまったあの日から晴日は翼を使って飛ぶどころか翼そのものを外に出すことすらない。
あくまで人間でありたいという気持ちの表れなのだろう。
転生した時から本能的に飛び方を知ってはいるものの使う気にはなれなかった。
 「手綱つけるとかしようかな」
何の道具もないままでは捕まりにくいと感じた晴日がぽつりと呟く。
 「・・・」
バサリ。
ペガサスがひときわ大きく翼を羽ばたかせた。
 「のわぁっ」
その衝撃に晴日が悲鳴を上げさらにペガサスに密着する。
このペガサス、馬のような扱いを受ける事はプライドが許さないようである。
 「怖いってぇ〜!」
ペガサスに抗議を繰り返す晴日の怒鳴り声がしばらくの間大空に響いていた。


                                  <続く>


【後書きのようなもの】
ペガサス編です。ペガススじゃなくてあえてペガサスです。(ぉぃ)
晴日はペガサス(乗用)を発見!なんて普通に考えてありえないのでこんな感じかなとアレンジしてみた次第。
何で晴日とペガサスかというと、晴日が某A氏に「ペガ嬢」と呼ばれるくらいペガサスに会いまくってたせいです(ぇ
両手(手持ちと荷袋。・・・荷袋て!)にペガサスなんてざらでしたよ。ええ。
そういうわけでペガと晴日の話を書いてみましたとさ。
晴日が高い所・・・というか不安定な所を怖がっているのは私がそうだからです。
ペガサスに跨って空を飛ぶ・・・うわー想像するだけで落ちそうで怖い(何爆)
久々すぎるアップなので後書きのキレも悪いなぁ・・・(キレ?)
以上、作:御雷あきら 監修(?):蒼さん でお送りしました♪


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