闇からの誘い


それは一見平和なある日のことだった。
あきらはいつものようにのほほんと砂漠を歩いていた。
今のあきらは、アークナイト。僧侶や司教を守る尊い立場。

愛用の聖なるナイフを携えたあきらの肩口には、自然には消えない傷がある。
つい先日、冒険仲間と海岸で真剣勝負をして敗れた時についた傷の1つである。
瀕死の状態から何とか冒険者に復帰したが、武器や防具はその時に失ってしまった。
まだ動きも戻ってはいない。戦いの能力は依然落ちたままである。
自分で申し込んだ対決の結果なので、仕方がないのだが。
しばらくはのんびりと冒険をしていよう。
そんなことを思いながら、毎日のように海岸や砂漠に出かけているのだった。


暑いなぁ、海のがよかったかなぁ、とぶつぶつ言いながら砂漠を歩いていると、
1つの影が音もなく目の前に降り立った。
人に近いようで人とは異なる、異形。
 (悪魔だぁ)
突然のことに動揺し、後退ってしまったあきらだが、慌てて聖なるナイフを構える。
それを悠然と見つめながら、悪魔はにこやかに微笑んだ。
 「こんにちは、初めまして」
 「あー、初めまして。・・・って違うし」
妙に友好的な挨拶に思わず挨拶を返してしまい、あきらは自分で自分に突っ込みを入れる。
悪魔は微笑んだままで、攻撃を仕掛けてくる気配はない。
普通の敵とは違うこの強敵の態度に、何かあるのではないかとあきらの緊張が高まる。
が、しかし。
 「今日はあなたを『勧誘』しようと思いまして」
 「・・・ほえ?」
唐突で予想外の悪魔の言葉に、再びあきらの緊張感が削がれた。
ぽかんと自分を見つめるあきらに、悪魔は契約の書を差し出しながら話を続ける。
 「この契約の書で契約を交わすだけで、あなたも我々の仲間入り!
 あなたならきっと立派な悪魔になれますよ〜」
姿に似合わぬ軽いノリで、まるで商売人のように悪魔は契約を勧めてくる。
 「え〜、ほら、私今立派なアークナイトだし〜
 悪魔と契約なんかする訳ないじゃん」
あきらは装備についている十字の証を悪魔に見せ付けるが。
 「またまたそんな。あなたの心の中、かなり黒いものが見えますよ〜。
 もしかして邪神教徒ですか?」
悪魔はあきらの胸のあたりを指差しながらくすくすと楽しそうに笑った。
 「人間誰しも心の闇くらいあるさ」
心の中を見透かされてあきらは内心「ぎゃふん!」と呟く。言い訳も少し、いやかなり苦しい。
 「ほら、タチに合わないことをしてても仕方ないですよ。ここで契約を」
 「うっさいなぁ、もう!」
しつこく勧めてくる悪魔に、あきらは手にしたナイフで切りかかった。半ば逆切れである。
だが、やはり真正面からの攻撃は無謀だったか、その一撃は軽くかわされ、

逆に悪魔の放つ邪の波動をもろに受ける事となった。
邪気に対して何の耐性もない装備のあきらには辛い戦いである。
 「そんなにムキにならないで。さぁ、この契約の書を」
 「いらないって言ってるでしょうがぁ!」
更にナイフを振るう。ナイフは何度か悪魔に傷をつけたが、致命傷には至らない。
それどころか、相手に傷を与えるまでにこちらが相当のダメージを受けている。
手持ちの回復アイテムだけが命綱だった。
以前の装備や力があればこれほど苦戦する相手ではないのに。
もどかしさから来る焦りもまた敵だった。
 「たぁっ」
何度目の攻撃だろう、波動の合間をくぐり、悪魔の懐に飛び込んだあきらの一撃が悪魔の胸を切り裂いた。
 「ふむ・・・」
悪魔はふわりと宙に浮かび、あきらと距離をとった。
手ごたえは完璧だったが、苦しそうな素振り1つ見せない悪魔に、あきらは構えを崩せない。
 「やはりあなたはふさわしい人間ですねぇ」
やはり笑顔のままそう言い残し、悪魔はふっと姿を消した。
辺りを見回したが、もうどこにも悪魔の姿はない。
そして足元に視線を落とすと、悪魔との契約の書がぽつんと残されていた。
それを拾い上げ、あきらは1つ溜息をつく。
 「これ・・・どうしよう」


それから数十分後。
冒険者ギルドで契約の書を報酬に依頼を出すあきらの姿があったとか・・・


                                                    〈おわり〉


脚色はしてますがある意味ではノンフィクションです(笑)


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