1.出会いは楽しみの密林で


悠彩の街の住宅街、カトレア地区。
この通りの住宅ギルドから一番近い場所にある家に、1人の青年の姿があった。
彼の名は海凪(みなぎ)。この街に住む冒険者の1人である。
やや薄めの茶色の短髪、顔立ちは名前の通り涼しげ、と言った感じである。
背はそう高くはないが、外見的に言えば周りに引けを取らないであろう。
海凪の職業は盗賊。
敵の品物を盗むという特技を持つこの職業は冒険にはかなり役立つ。
しかし、海凪の場合は自分の冒険の為に役立てているかというと語弊があるかもしれない。
その理由は・・・この家の家主の存在だろう。
階段を下りてくる足音がする。
やがて、海凪のいる今のドアが開き、その「家主」が入ってきた。
 「おはよぉ〜」
家主の名はあきら。海凪より先輩の冒険者で、女拳法家である。
 「おはようって・・・もう昼じゃねーか」
あきらに聞こえるか聞こえないかの声で海凪がぽつりと呟く。
同居している2人だが、恋人同士とかそういう関係ではない。
2人の関係を示す最良の言葉は、
「主従関係」
だった。


それは、2週間ほど前のこと。
気がつくと、海凪は特徴的な木の生えた林の中に倒れていた。
それより以前のことは何も覚えていない。
唯一覚えているのは、真っ暗な空間を落ちていく感覚と、その途中大きな衝撃が空間と海凪自身を襲ったこと。
そして、「海凪」という名前。それだけしか記憶に残っていなかった。
自分が学生服を着て定規を手に持っている理由もわからなかった。自分は学生なのだろうか。
身体を起こしてぼんやりと考え込んでいると、突然木の陰から何かが飛び出してきた。
 「うわっ」
慌ててその場を飛びのいた海凪は、すぐさま振り返り自分を襲ったものの正体を確かめる。
ヒョウだった。ヒョウは身を低くし、今にも飛びかからんと海凪を睨みつけている。
自分が何故ここにいるのか、そもそも何者なのかもよくわかっていない海凪は・・・とりあえず逃げることにした。
 「って、ヒョウに足でかなうわけないじゃん!」
ヒョウに背を向けて駆け出してから自分で自分に突っ込みを入れる。
その突っ込みは正しく、すぐさま海凪との距離を詰めて再び飛び掛ってきたヒョウの爪が海凪を襲った。
爪の切り裂いた部分の学生服が破れ、鮮血が飛んだ。
ただの学生服とはいえ多少の防御力はあるのだろう、出血はしたが傷はまだ浅い。
定規を振り回して威嚇し、あちこちに生えている木を巧みに利用しながら海凪は何とか逃げ切ろうとするが、
ヒョウもせっかく見つけた獲物を逃がす気はないらしい。しつこく襲い掛かってくる。
もう息もあがってきており、これ以上逃げ回ることは体力的にも不可能だ。
絶体絶命・・・そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
何もわからないままここでヒョウの餌になって死ぬのか、などと考えながら、ヒョウの動きのみを見て海凪も動く。
そのせいで、ヒョウ以外の「動くもの」の存在に海凪は気付かなかった。
どんっ
 「わ」
 「うおっ!?」
木の陰から人が出てきたことに気付かなかった海凪は、その人物に思いっきりぶつかってしまった。
さらに運の悪いことに、その人物がバランスを崩して足を踏み出した場所は崖になっていた。
 「わ゛〜〜〜〜」
 「うわっ、やば」
海凪に体当たりされた人物は、崖をごろごろと転がっていった。切り立った崖でなかっただけましだろうか。
思わず注意をその人物に向けてしまった海凪だが、ヒョウはそんな状況などお構いなしに襲い掛かってくる。
寸でのところで飛び掛ってきたヒョウを避けた海凪だが、
 「あ゛〜〜〜〜」
誤って自分も崖から落ちてしまった。
ヒョウは海凪の転がり落ちていった崖下をしばらく覗いていたが、やがて諦めたのか林の奥に帰っていった。
 「って・・・」
肩を押さえながら海凪が身体を起こす。あちこちボロボロだが、とりあえず生きてはいるらしい。
 「・・・痛い・・・」
ふと見れば、先ほど自分がタックルで崖下に落とした人物が横で腰を押さえてうめいている。
 「あ・・・大丈夫ですか?」
 「大丈夫じゃない〜・・・」
よく見れば女性である。
遅刻遅刻と走っていると角から出てきた人とぶつかる・・・それは学園ラブストーリーの王道であるが、
ヒョウに追われて走っていて出会い頭に相手を崖下に落としてしまってはそんな展開は望めなかった。
彼女の服は海凪の学生服と比べれば断然いいものであるし、右手には爪のついた手甲がはめられている。
落ちた時にその爪でどこかを傷つけたりしたことはなかったようだ。
黒いショートヘアは崖を転がり落ちたことでぐしゃぐしゃになっている。
その女性は土で若干汚れてしまった顔を海凪に向けた。やや大きめの目と黒い瞳が海凪を映し出す。
 「・・・?どなた様??」
首を傾げながら彼女が尋ねた。一瞬のことだったのでぶつかったのが海凪だとは気付いていないようだ。
 「え・・・俺は、その」
 「何かいきなり誰かにぶつかられて転がり落ちたんだけど・・・。・・・。・・・もしかしてぶつかったの貴方!?」
海凪が説明する暇もなくその女性は勝手に状況を理解した。
 「・・・ハイ」
 「ちょっとぉ〜腰打っちゃってまともに動けないんだけどぉ・・・どうしてくれるのよぉ」
ゆっくりゆっくりと身体を起こしながら彼女はぶつくさと文句を言っている。
だが、彼女は実は拳法家である。突然のこととはいえ受身が取れなかった彼女の修行不足にも若干の責任があるのだが。
 「すいません・・・」
自分に非があるのは決定的なので海凪は素直に謝った。
 「・・・まぁいいけどさぁ、これから私、悠彩の街に戻って医者に見てもらうけど治療費少なくとも半分は払ってよ。
 名前は?家の場所は?学生だから借りられてないかな」
一方的に話を進められて海凪は困惑する。
 「名前は、海凪・・・。それ以外のことは、覚えてません・・・」
 「ほえ??」
言ったことの意味がわからず、その女性は間の抜けた声を上げた。
 「名前以外何も覚えてないんです」
 「マジで!?記憶喪失とか!?大変じゃん、医者に見てもらった方がいいんじゃない!?見れば結構怪我もしてるし」
意味を理解すると彼女はおたおたと無意味に慌てた後、気がついたように首にかけていた笛を取り出して空に向かって吹いた。
すると、空に大きな影が現れ2人の方に舞い降りてくる。
それは1頭のドラゴンだった。
 「こ、これは??」
 「私の愛馬。というか愛龍?これに乗ってけばすぐに街に着くよ。ね、2人乗りくらいなら平気っしょ?ドラ1号」
 『問題ない。ただ、その呼び方はヤメロ・・・』
かなり知能が高いらしくそのドラゴン・・・ドラ1号は言葉を話すことができた。『ドラ1号』というネーミングは気にいっていないようだったが。
 「さて、乗って乗って。・・・って私が乗るの辛いし・・・」
 「どうも・・・あ、貴女の名前は?」
痛めた腰にかかる負担を少しでも減らそうと這い上がるようにしてドラゴンの背に乗ろうとしているその女性に海凪が尋ねる。
 「ん?あきらだよ」
あきらと名乗ったその女性は海凪がドラゴンの背に乗ったことを確認すると、手綱をさばいてドラゴンを飛び立たせた。

 「1週間安静〜?」
街のはずれにある小さな医院に、あきらの声が響き渡った。
 「そう、少なくとも1〜2週間は冒険禁止」
医師が抑揚のない口調でそう告げる。
骨折などはなかったものの、あきらの怪我はそれなりに安静にすることが必要な状態だった。
 「マジで・・・今週家賃ピンチなんだけど・・・」
あきらが気にしているのは悠彩の街に借りている自宅のことである。
住宅街に家を借りている者は週に1度住宅管理事務所に家賃を払わなければならない。
もっとも貯金から自動的に抜かれていくのだが。
家賃を払う日にちは細かい時刻までしっかりと家主に通達されている。
それに1分でも間に合わなかったら即刻自宅登録を解除され、その家を追い出される。
ペナルティとして自宅に保管していた物も全て没収・処分されてしまう。
冒険者にとってはかなり痛い事である。
あきらも今週分の家賃を稼ぐためにあの林・・・楽しみの密林にやってきていたのだ。
そこで、この事故である。
 「誰かに借金するか貢いでもらいなさい」
医師はあきらの抗議にもならない抗議をさっくりと切り捨てた。
 「むぅ〜」
あきらが唸りながら金の工面を考えていると、ドアが開いて海凪が部屋に入ってきた。
 「お、海凪さん。どうでした?」
 「どうというか・・・怪我は大したことないんですが記憶に関しては何もわからなくて」
溜息をつきながら、海凪は近くにあった椅子に腰掛けた。
頭に外傷などはなく、記憶喪失に関しての手がかりは何もつかめなかったのだ。
途方に暮れている様子の海凪に、違う意味で途方に暮れかけていたあきらはどうしたものかとおろおろする。
 「行くあてがないのなら、私の自宅1人分部屋空いてるから使ってもいいですよ」
おろおろしたあげくにかけた言葉がこれだった。
 「え?でも」
 「今日の治療代は私が立て替えます。でもその代わり、家賃稼いでくださいぃぃ〜」
何とあきらは今日初めて会った海凪に家賃を稼がせようとしていた。
 「毎週末に400gd払わないと家追い出されるんです。でも私この怪我でしばらく冒険できないんですよね〜」
 「俺のせいだと・・・俺のせいですね、ハイ」
少しずつ強気な口調になってきているあきらに海凪は反論しようとしたが、明らかに自分の過失のせいなのでできなかった。
 「私の部屋にさえ入らなければ家は自由に使っていいし、予備に取っておいた防具なんかも貸しますよ。
 ただ、家賃をきっちり稼いできてください。それで怪我に関する責任とかはとったということで」
あきらがにこにこ笑いながら話を持ちかけた。
その表情を見て海凪は、断ることは不可能だと悟った。状況的にはこちらの圧倒的不利だった。
 「わかりました・・・やらせていただきます」
しぶしぶと海凪が了解した。
迷惑をかけたのだし、稼ぐことに関して手助けはしてくれるようなのだから、悪い条件ではないかもしれない。そう思っていた。
海凪の誤算は、あきらが一言も「今週分の」家賃を稼いでくれとは言っていないことであった・・・


それから2週間。海凪はまだあきらの家の同居人である。
あきらもようやく冒険に復帰したので海凪が家賃の全てを稼いでるわけではないのだが、
それでも海凪があきらの家に冒険で得た金のいくらかを貯金しているのは事実である。
助け合っていると言えば聞こえはいいが、海凪があきらにこき使われているのは誰の目から見ても明らかであった。
 (迷惑かけたのは事実だし、まぁある意味で恩もあるんだけどさぁ・・・)
半ば下僕と化している気がする自身の立場に、海凪は深々と溜息をついた。
 「何溜息なんかついてんの」
 「別に。ちょっと一稼ぎしてくる」
あきらに譲られたアルファのコートを着込み、あきらに譲られたプラスチックナイフを携え・・・
確かに逆らえる立場ではないかもしれないな、と改めて感じながら海凪は家のドアを開けた。
 「いってらっしゃ〜い」
あきらがひらひらと手を振って見送るのを横目で見ながら、ドアを閉める。
 「はぁぁ・・・」
何だか、無くした記憶の手がかりでもつかまない限りはこの状況から解放されないという気がしてきた。
 「・・・行くかぁ」
記憶を取り戻すための、生活費を稼ぐための、・・・そして、憂さ晴らしのための・・・
そんな海凪の冒険が、いつものように始まった。


                                  <続く>


【後書きのようなもの】
夢2小説第1弾です。
やっと書きあがりました。といいつつ実際書いたのは2日間くらいです(マテ)
知らない人も多いかもしれないですが海凪は私のサブです。
メインとサブの関係、兄弟(女神とかぶる)や恋人(虚しいw)ではなく「主従関係」にしてみました。
海凪が哀れな人になっていくのが目に見えますね・・・
海凪の決め台詞も「誰が下僕だって!?(゚Д゚)」ですし(爆)
どこかで海凪を見かけてもいじめたり石を投げたりしないでください(笑)
しかし、何と言う強引な展開だろう・・・(汗)
果たして、海凪の正体とは!?
それは誰もしらない・・・私でさえも・・・(決めなさい)
一応シリーズ化予定なので頑張っていきたいと思います。
以上、作:山繭(御雷あきら) 監修(?):たとたんさんでお送りしました♪


戻る