2.初めてのお留守番


 「はぁ・・・」
部屋に海凪の溜息が響く。
カトレア地区1番地の住宅・・・家主はあきらである・・・での生活は4週間目を迎えていた。
テーブルに頬杖をつきながら、海凪はぼんやりと何もない宙を見つめ考え事に耽っている。
テーブルの上には1枚の紙切れが置かれている。
その紙切れにはいくつかのアイテムの名前が無造作に書かれていた。
2日前にあきらから渡された紙だった。

 「何日かこっちへ来られないから、留守番よろしくね」
2日前、家に戻ってくるなりあきらがいきなり海凪に告げた。
 「え、何だよいきなり」
 「だってあっちが忙しいんだもん」
あきらの言う「こっち」とは、この世界・・・夢想世界と称される世界のことである。
そして、「あっち」とは夢想世界と対を成す世界、「現実世界」である。
あきらは本来はこの現実世界の人間なのだ。
今、この夢想世界は魔王テッドデビルによって支配されようとしている。
あきらはそれを阻止するために現実世界から召喚された者の1人なのである。
召喚・・・といっても実際は特別な力のある「石」の力を利用し、「夢」を媒介として現実世界と夢想世界を行き来しているのであるが。
近しい存在である2つの世界だが、時間軸にずれがあるのか、あるいは何らかの力が働いているのだろうか。
夢想世界にいる時は現実世界の時の流れが遅くなっている。
夢想世界での数日が、現実世界での数時間程度にしかならないという、まるで浦島太郎の逆である。
現実世界にいる時は、夢想世界の時の流れは現実世界とほぼ同じ、せいぜい若干遅い程度になる。
現実世界で「本来の」生活を送っている冒険者たちにとってはありがたいことであった。
だが、もし現実世界での生活が忙しくなれば、大抵現実世界の者は夢想世界での冒険を控えるようになる。
言い方は悪いが、選ばれて召喚された・・・といっても所詮別の世界の話である。
元の世界の生活を大切にする者はこの世界のためにそれを無理に犠牲にしようとはしなかった。
夢想世界での出来事が本当に「夢」であれば両立も可能かもしれない。
しかし実際はそう上手くはいかない。
戦いで負った傷を現実世界まで持ち込むことはないが、身体や精神の疲労は現実世界に戻っても残っているからである。
それでは睡眠は身体を休めることにはならなくなってしまう。
2つの世界の行き来は「石の力」を利用にすることで本人の意志によって行われるので、
石の力を使いさえしなければ普通の眠りにつくことも可能なのだ。
現実世界では学生であるあきらもまた、忙しい時期であり夢想世界に来ることを当分控えるつもりだった。
 「ああ、そうだ、いない間にこれ集めておいて」
あきらが笑顔で海凪に1枚の紙を渡す。
 「・・・は?何で俺が・・・」
半ば押し付けられた紙に書かれたアイテムの名前とあきらの顔を交互に見ながら、海凪は露骨に嫌そうな顔をした。
 「集めておいてね」
あきらはただただ笑顔である。
しかし、その笑顔の裏に「断ったら鉄拳制裁」と書いてあるのが見えるようだった。
今のあきらはエージェント。拳法家と同じ格闘系の職業である。
普段は爪を使った攻撃を行うが、拳も十分武器になる職業・・・
ただ嫌がったところで力尽くででもやらせられるのは目に見えている。
 「でも留守番してたらアイテム取りに行けな・・・」
びし。
やんわりと断ろうとした海凪の前頭部にあきらの手刀が入った。本気はこめられていなかったが。
 「揚げ足取らない」
手刀を入れながらも笑顔のままのあきらを見ながら、海凪は逆らっても無駄だと悟った。
 「でもこれだけ集めるのには数日かかるって・・・」
手刀を食らった所をさすりながら、ぶつぶつと呟く。
 「だから、何日かこっちに来られないからその間に集めてくれって言ってるじゃん」
 「何日か、じゃ予定立てられないだろ」
 「多分4〜5日だよ」
4〜5日、4日と見積もって・・・と海凪は紙を見つめながらアイテム集めにかかる時間を考える。
4日あれば何とか全て集められそうだ。順調にいけば、だが。
 「・・・わかった」
言葉に不満が混じっていたが、とりあえず了解した。
 「じゃあ、お願いね〜」
海凪の不満げな様子は気にせずに、あきらは手を振りながら居間を出て行った。
現実世界に戻るための「眠り」につくために自室に向かうあきらの足音を聞きながら、海凪はがっくりと肩を落とした。
 「・・・情けね〜・・・」
恐らくやりとりを見ていたら誰もが思う一言を、海凪自身が口にしていた。

2日が経った。
あきらに集めるよう頼まれたアイテムのうち半分は既に手に入れた。ペースとしては順調である。
冒険用のアルファのコートを着込んだままの冒険から戻ったばかりとわかる恰好で、
海凪は居間にあるテーブルの椅子に腰掛け疲れた身体を休めていた。
ぼんやりしながら、考える。
2つの世界について。冒険者について。
そして、自分の正体について。
現実世界から召喚された人間なら、その証とも言うべき「石」を持っているはずだ。
しかし、自分はそんな石を持っていない。
記憶にある最初の日であるあの日、あの時密林でなくしたとも考えて何度か足を運び探してみたが、どこにもなかった。
もしかしたらもともと持っていなかったのかもしれない。
そうなればつまり、現実世界の人間ではないということだ。
夢想世界にも住民は普通にいる。その1人なのかもしれない。
しかしそれならば、記憶に残っている真っ暗な空間を落ちていく感覚は何だったのか。
召喚された冒険者達と同じ「学生服」と「定規」を最初に身につけていたことに意味はあるのだろうか。
それとも・・・?

 「ん・・・」
気がつくと、海凪はテーブルに突っ伏していた。
疲れのせいだろう、考え事をしているうちに眠っていたらしい。
やはり、寝ても起きても自分は夢想世界にいる。
はたして自分は現実世界の人間なのか、夢想世界の人間なのか。
 「ホントに俺・・・何者なんだろうなぁ・・・」
覚醒しきってないぼんやりとした声が響いた。
もう1ヶ月近くが経とうとしているが、失われた記憶に関しての手がかりは何も得られなかった。
自らの正体がわからないほど不安なことはない。
海凪の冒険は不安を紛らわすという意味も持っていた。
のろのろと身体を起こして、大きく伸びをする。
乱れた髪を直そうともせず、欠伸をしながら時計を見ると、もう昼近い時間だった。
冒険から帰ってきた時はもうすっかり暗かったが・・・何時間寝てたんだろうと計算していると、
テーブルの上に置かれている1枚の紙が目に入った。
 (ああ・・・取りに行かなきゃいけないんだっけ・・・)
まだ寝惚けている頭でそう思いながら立ち上がる。
もう1度伸びをしながら、視界に入った時計で時刻を確認する。
 「・・・」
もう一度、よく見る。もう昼である。どんなに見ても時間は変わることはない。
 「・・・あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜!!」
部屋の中・・・いや、家の外にまで、海凪の絶叫が響き渡った。
残りの2つのアイテム、それを取りに行くのには丸1日かかる。
今すぐに出るとしても、どんなに急いでも帰宅は夜中になってしまう・・・そうなれば明日の予定に響く・・・
つまりは、予定が狂ってしまったのだ。
 「やばっ・・・」
側に置いたままになっていた荷物と愛用のプラスチックナイフを慌てて携え、海凪は自宅を飛び出して行った。
願わくば、あきらが戻ってくるのが「5日後」であるように・・・そう思いながら。



                                  <続く>


【後書きのようなもの】
夢2小説第2弾!
今回も海凪のこき使われっぷりが哀れですが(爆)
今回は説明がメインだったような気もします。つまり、私なりの夢の世界観紹介です。
地の文が多いので嫌がる人もいるかも・・・(汗)
こじつけっぽい世界観ですがどうでしょう。石の部分とか完全オリジナルですが。
だって何か媒介がないと好きな時にこっちに来れないじゃないですか(笑)
寝るたびにいちいちこっちに来てたら大変です。あきらなんて授業中に・・・(マテ)
さて、海凪が集める事になったアイテムとはなんでしょう。
わかる人も多いんじゃないでしょうか。実際、あきらの為に海凪に集めさせました(爆)
最後の寝過ごしシーンは・・・当初の予定にはなかったのですが、オチがなかったのでオチにしました(ぇ
おかげで次の話につなげられます・・・(謎)
以上、作:山繭(御雷あきら) 監修(?):たとたんさんでお送りしました♪


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