4.幻夢


 「はぁ〜・・・」
今日もまた海凪の溜息が響く。
 「まーた溜息なんてついちゃってぇ」
テーブルの向かい側に座って黄金の爪の手入れをしているあきらが呆れたように呟いた。
同じ家に暮らしているため、こんな風に何か考え込んでは溜息をつく海凪の姿を何度となく見ている。
 「そりゃ溜息も出る。もう結構経つっていうのに記憶はさっぱり戻らないし、手掛かりの1つも見つからないし」
海凪は頭を抱えるようにして項垂れた。
密林で目を覚ましたあの日から2ヶ月。
いまだに記憶が戻るどころか、海凪の素性を知るための手掛かりすら欠片も見つからないのである。
 「ん〜、何だかよくわからないんだよねぇ。『石』は持ってないし、あっちの世界からこっちに来る時に落下感なんて感じた事ないし」
あきらもうー、と唸りながら一緒になって考える。
現実世界からの召喚者である自分と海凪には明らかな相違点があることは間違いないのだが。
 「でも、学生服と定規っていったら召喚された人のパターンだよね。こっちで知ってる人もいないし」
夢想世界の住人としても不可解な部分があるのである。
こちらの世界の住人とも、現実世界からの召喚者とも断定できない。断定するにはどこかしら矛盾がある。
海凪もあきらもすっかり困りきってしまった。
 「あ、そーだ!」
何かを思いつき、あきらはおもむろに立ち上がった。
 「?」

あきらが海凪を引っ張って連れてきたのはローズ地区のとある家だった。
周りに並ぶ家々と比べて、幾分大きく立派な家である。
 「質問といったらやっぱりこの人でしょ」
状況を理解していない海凪を振り返り、あきらがにやりと笑った。
 「こんにちはぁ〜」
声をかけながらドアをノックすると、中から「はい」という声がかすかに聞こえた。
少しして、ドアが開き1人の男が顔を出す。
 「たとさん、こんにちは〜」
家の主はたとたん。『管理人』と呼ばれる人物である。
召喚された冒険者たちの管理はもちろん、各地の街の管理、ひいてはこの夢想世界自体の管理もしているといわれるが、
何処までが事実なのかはよくわかっていない。
かつては彼自身も冒険者をしており、引退した今でも精悍さを失わない顔付きにその片鱗が見られた。
 「お、あきら。久し振り。何か質問?」
あきらの顔を見るなり、たとたんはずばり聞いてきた。今までも顔を合わせるたびに質問ばかりしてきたのだろう。
たとたんは誰よりこの世界に通じている。それこそ『賢者』とも称されるほどに。
そういう意味では確かに質問するには一番適当な人物とは言える。
 「えへへ。今日はちょっと海凪の事で」
 「海凪?」
たとたんが視線を移し、あきらの後ろに立っている海凪を見た。
海凪は緊張した様子で軽く頭を下げる。
たとたんに会うのは初めてである。名前は当然知っているが、誰もが知っている高名な人物だけにどうしても緊張する。
 「ふむ。まあ立ち話もなんだし、どうぞ」
たとたんが身体を開いて家の中へと2人を促した。
 「お邪魔しまーす」
促されるままに遠慮なしにずかずか中に入っていくあきらを海凪は慌てて追いかけた。
 「どうぞどうぞ」
2人が通されたのは綺麗な調度の揃った客間風の部屋だった。
海凪とあきらがいる家にはこのような部屋はない。やはり管理人の家となると他の冒険者達の住む借家とは違う。
 「紅茶でいいね?」
 「あ、お構いなく」
あきらのほとんど言葉だけの遠慮をよそに、たとたんはてきぱきと紅茶をいれテーブルについた2人に出した。
自分の紅茶をテーブルに置き、たとたんが席についたところでひとまず落ち着く。
 「で、何だっけ」
紅茶に口をつけながら、たとたんが改めて尋ねた。
 「海凪のことなんですが、実は記憶喪失なんですよ、この人」
 「え、そうなの?」
これにはさすがにたとたんも驚いた様子で聞き返した。
 「・・・はい」
海凪がやや控えめな声で返事をする。
変に畏まってる海凪に代わり、あきらがさらに説明を続けた。
 「しかも『石』も持ってないし、かといってこっちに知り合いもいないし。全然手掛かりがつかめないんですが、
 たとさんはどう思いますか?」
 「いや、どう思うって言われても・・・」
あきらの必要以上に要約した説明にたとたんも要領がつかめず困惑する。
 「海凪くん・・・だっけ?何か覚えてることは?」
とりあえず当事者に聞くのが一番と、たとたんは海凪に話を振った。
 「・・・何か、気がついたら密林に倒れてて・・・それ以外に覚えてる事といったら、真っ暗な所を落ちていく感じとか、
 その途中で何かにぶつかったような感じがしたとか・・・」
視線を彷徨わせながら記憶を辿る海凪だが、それ以上の事はどうしても思い出せない。
 「あきらが言うには、学生服着て定規携帯してたから召喚されたんじゃないか、と」
 「ふむ」
海凪の事を見つめながら、たとたんは顎に手を当ててしばらく考え込む。
 「話を聞いた限りでは、この世界の人間である可能性は低いと思う。もしかしたら、『石』を持たない現実世界からの召喚者という事も
 あるかもしれない。初耳だけどね・・・。他に可能性があるとすれば・・・」
そこまで言って、たとたんは不意に黙り込む。
やや躊躇った後、再び口を開いた。
 「・・・幻夢世界」
 「?」
 「幻夢世界?」
聞いたことのない言葉に海凪とあきらは顔を見合わせ、首を傾げた。
 「現実世界と同じように、あるいはそれ以上にこの夢想世界と近しい存在と言われるけれど、本当に存在するのかすらわからない、
 まさに幻の世界。記録はいくつか残ってるにも関わらず・・・ね」
 「存在するのかわからないのに何で記録があるんですか?」
あきらが不思議そうな表情で尋ねる。
 「その記録も、誰によってどうやって書かれたのか全くわからない。ただ、それを手掛かりに探れば、確かに存在する『気配』はある。
 それでも『ある』というには曖昧すぎて、断定できない。今の私達にはその程度の解釈しかできないんだ」
腕組みをし、たとたんは深い溜息をついた。
幻夢世界の存在について、彼もまた調べている途中なのかもしれない。
 「なーんか、ややこしいけど面白そうですね」
あきらは1人で面白がっていた。
彼女は幽霊や宇宙人など迷信めいたものを信じるタイプである。
幻夢世界の話も、あきらにとってはそれらと同じ興味の対象であった。
 「・・・そんな曖昧な世界なのに、何で俺がその世界の人間だと思うんですか?」
だが、その幻夢世界の者ではないかと言われた海凪にとっては深刻な問題である。
 「こちらからは存在の確認すらできないにも関わらず、幻夢世界の人間がこちらの世界に来ている・・・という仮説を我々は立ててる。
 記録もそういう人たちが残した物じゃないか、と思ってね。『闇の帝王』たちも幻夢世界の人間ではないかという説もあるとか・・・」
 「え、そうなんですか!?」
 「ないとか」
 「ないんかいっ」
身を乗り出して聞き返したあきらが、さらに身を乗り出して突っ込みを入れた。
 「・・・闇の帝王・・・?」
1人、話についていけずにいる海凪にあきらとたとたんの動きが止まる。
 「あー・・・そっか、海凪は知らないんだねぇ。あははは」
あきらが誤魔化すように笑った。が、全く誤魔化せていない。
 「闇の帝王って何」
 「あきらは君より冒険歴長いからね。いろいろ知ってるんだよ。知りたい事があるなら、夢見の町の図書館を使うといい」
海凪の言葉を遮りながら、たとたんが微妙なフォローを入れた。
 「はぁ」
納得はいかないが、2人が説明を拒否しているのは明白なので海凪はそれ以上問い詰めなかった。
 「とりあえず、私にはその程度の推測しかできない。悪いな」
さりげなく話を戻しながら、申し訳なさそうな様子でたとたんが苦笑した。
自力ではどうしようもない事に自分を頼ってくる冒険者には力になってあげたいと思うものの、限界がある。
 「もし他に何かわかったら知らせるよ」
 「あ、ありがとうございます」
たとたんの気遣いに、海凪は慌てて頭を下げた。

2人がたとたんの家を出たのはもう日が傾きかけてきた頃だった。
 「色々ありがとうございました」
 「お茶ご馳走様でした」
見送りに外まで出てきたたとたんに海凪とあきらは口々にお礼をいう。
 「また聞きたい事があったら、答えられる範囲で答えるよ。まあ、冒険のことに関してはあきらも頼りになると思うけどね」
 「はは・・・そうですね・・・」
何気ないたとたんの言葉に、海凪はやや引きつった笑みを漏らした。
確かにあきらは先輩冒険者だけあって結構知識は豊富であるし、実力もある。
だが、知識不足に付け込まれてこき使われている感が否めないのもまた事実である。
 「何、その微妙な反応は」
海凪をみるあきらは笑顔ではあるが、下手なことを言えば後でどんな目に合うかわからない。
格闘術の腕をさらに磨き、今はエージェントと呼ばれる者になっているあきら。
必殺の「虎砲」の一発でも入れられるかもしれない。
 「と、とりあえず俺は夢見の町の図書館で調べ物してくるから。じゃあ、たとたんさん失礼します」
たとたんに軽く頭を下げると、海凪は逃げるように走って行ってしまった。
 「いってら〜」
海凪の後ろ姿にぴらぴら手を振っていたあきらだが、
 「・・・ねぇ、たとさん」
不意に手を止め、思案顔でたとたんを見上げた。
 「海凪ってもしかしてすごい人かもしれない?」
 「そうだね・・・。さっきは言わなかったけど、幻夢世界の人間は我々にはない『力』を持ってるらしい。だから、彼にももしかしたら
 そんな力があるのかもしれない」
たとたんが、僅かに厳しい顔を見せる。
しかし、その真意をあきらに告げることはなかった。
 「そっかー・・・だとしたら・・・」
そんなたとたんの様子には気付いていないのか、あきらは下を向き何やら考え込んでいる。
やがて、勢いよく顔を上げるともう1度たとたんを見た。
 「変身したりしませんかね?」
 「はぁ??」
たとたんは素っ頓狂な声を上げたが、右手をぐっと握り締めながらたとたんを見ているあきらの顔は、真顔である。
 「こう、何かカッコよく、変身!みたいな」
 「いや・・・それは・・・どうかな・・・」
何かがずれているあきらの思考に、たとたんもただただ苦笑いを見せるのみだった。



                                  <続く>


【後書きのようなもの】
やっとこ第4話でーす。今回もまた説明編ですね(w
まだ世界観の説明が終わらない・・・(爆)
次の話あたりでようやく世界観説明が終わりそうです。ふう、長い長い。
第1話では決まっていなかった(ぉぃ)海凪の正体が少しだけ見えてきましたね。
幻夢世界とは一体何なのか!?
わかりません(ぉぃ)というか深くは考えてません(死)
とりあえず変身したりはしないと思われます(w あきらがかなりバカなキャラに・・・(爆)
さて、今回のゲスト出演は管理人のたとさんです。
書き終わってからはたと気付く。「外見描写ほとんどしてない(゚Д゚)」
あはは、失敗失敗。(ぉーぃ) 以後気をつけます。(w
以上、作:御雷あきら 監修(?)・特別出演(ぇ:たとたんさん でお送りしました♪


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