5.真実と深まる謎(前編)


草原に獣の咆哮が響き渡った。
声の主は、白虎。この草原を守護する聖獣である。
その名の通り白く美しい毛を持つ大型の虎の姿をしているが、瞳にただの野獣とは違う知性の光を湛えている。
しかし、今の白虎は身体中傷だらけで、白い毛のあちこちが血で赤く染まっていた。
地に伏した状態のまま、ただ視線のみを目の前に立つ人物に向けている。
小刀を構えたアークナイト・・・海凪であった。
アークナイトとは僧侶や司祭を守る立場にある聖なる職業である。
盗賊がさらに能力を伸ばすことで名乗ることが許される称号で、同じく盗賊の発展系ではあるが人の命を奪う暗殺者と対極をなす。
白虎の視線を受け止めている海凪もまた傷だらけであり、息遣いも荒い。やっとのことで立っている状態だった。
 「そなたの力、あいわかった。この風のオーブを託そう・・・」
白虎の言葉と共に、海凪の目の前に掌に収まるサイズの白く光る珠が現れた。
 「風のオーブ・・・」
その珠に片手を添えながら、もう片手で身に付けた道具袋を開く。
すると、取り出すより先に4つの珠が勝手に袋から飛び出し、風のオーブの周りに集まった。
 「ほう・・・5つ全て集めたか」
色の違う5つの珠・・・5つのオーブを見て、白虎が感心したように声を上げる。
5つのオーブとは、各地を守護する聖獣たちに力を認められた者に与えられる物である。
密林の朱雀、海岸の青龍、草原の白虎、砂漠の玄武。そして聖獣とは異なるが、廃墟を守護する電脳。
これらがそれぞれ火・水・風・土・雷の力を担っている。
戦い勝利すれば聖獣はその者の力を認め、証としてオーブを与えるのである。
そして、5つのオーブを集めると・・・
 「お」
5つのオーブの放つ光は互いに呼応して強まり合い、混じり合って1つの強い光となると、
一筋の光線となってはるか北の方角へと伸びていった。
 「これは・・・」
 「目覚めの雪山への道だ」
光の射す先を見つめる海凪に、白虎が背後から声を掛ける。
 「雪山へは5つのオーブが導いてくれる。行ってみるがいい。・・・もっとも、まずはその傷を癒すことが先だろうがな」
自らの牙や爪が付けた傷でボロボロの海凪を一瞥すると、白虎はゆっくりと身体を起こした。
 「我もしばしの間、傷を癒すことにしよう」
そう言って海凪に背を向けると白虎の周りを風が渦巻き、白虎の姿はその風の中に消えていった。
 「・・・はぁ」
緊張が解け、海凪もがっくりとその場に膝をついた。

薬と魔法で傷を治し、海凪が雪山に向かい出発したのは2日後だった。
あきらに一言言ってから行くつもりだったが、元の世界の生活が忙しいのか会えずじまいだったため置き手紙と家賃用の小切手を残してきた。
小切手は必要ないかもしれないが、文句を言われないための予防策である。
 「・・・それにしても遠い・・・」
ペガサスを駆りながら、海凪がうんざりと呟いた。
丸一日かけてようやく雪山が見えてきた程度である。
雪山は北の最果ての地にあるのだから仕方がないかもしれないが。
 『気をつけてくださいね』
不意に、ペガサスが海凪に声を掛けてきた。
 「え?」
 『雪山は人が近づけないよう封印されています。オーブの力でその封印は解けるのですが、気流が乱れるなどの影響は残ります。
 少々不安定な飛行になりますが、落ちないようにしてください』
 「・・・」
ペガサスの忠告は正しかった。
雪山に近づくにつれ風は激しさを増していき、ペガサスもその風に何度もあおられる。
小休止を入れながら雪山にたどり着いたのはさらに1日が経った後だった。
 「き・・・気持ち悪・・・」
安定を欠いたペガサスの飛行にすっかり酔っていた海凪は、ペガサスを降りてからも口元を押さえへたり込んでいる。
 『ではまた必要になったら呼んで下さい』
そんな主人を1人残し、ペガサスはさっさと大空に姿を消した。案外薄情な愛馬である。
 「・・・ふぅ」
しばらく経って吐き気が治まると海凪はようやく立ち上がり、歩き始めた。
もうオーブは道を指し示してはくれないので、とりあえずは少し先に見える岩壁に向かうことにした。
果てなく続くかのように見える長い岩壁・・・きっとそれが伝説にある「疑惑の壁」なのだろう。
実際目にしてみれば確かに雪山を2つに隔て、その先に人が入り込むことを拒んでいるようでもある。
何か特殊な封印でもされているのか、ペガサスもその岩壁を乗り越えることは出来ないと言っていた。
 「・・・どう見ても登れる高さじゃないな・・・」
壁の前に立ち改めて見上げてみて、その高さに唖然とする。
さすがにロッククライミングまでして超える気はおこらない。
 「・・・扉?」
何か越える手段はないものかと歩いていると、壁の1ヶ所に扉があるのが目に入った。
ふと図書館で読んだ記述を思い出す。
この疑惑の壁には唯一の出入り口である扉が存在する。ただし、その扉は6つの神器の力によって封印されている・・・。
確かそんな内容であった。
しかし、海凪はその「6つの神器」を手に入れてはいない。
 「これが、その扉か」
目の前にそびえる巨大な扉に、海凪は息を飲んだ。
よく見ると、ちょうど海凪の肩の高さくらいのところに6つの小さな穴が開いている。
6つの神器と何か関係あるのだろうかと思いながら何気なく手を伸ばし、その穴の1つに触れてみた。
その時。
指と扉が触れた部分が、光を放った。
 「!?」
驚いて手を引っ込める。と、轟音と共に扉がゆっくりと開き始めた。
 「え・・・何で・・・」
困惑する海凪が見つめる中、扉は人一人が通れるくらいの幅だけ開き、動きを止める。
恐る恐る扉の向こうを覗いてみると、今までと同じようにただ一面の雪景色が広がっているだけだった。
特に何かの気配がするわけでもない。
安心したような拍子抜けしたような気分で、海凪は扉をくぐった。
それを見届けたかのように扉は再び軋んだ音を立てて閉じ始める。
 「って、え?」
海凪が動揺している間に、扉は完全に閉まってしまった。
まさか閉じ込められたのではないかと扉に触れてみると、やはり先程と同じように触れた部分が光り扉が開き始めた。
 「何だ、びっくりした・・・」
驚かせるなよと心の中で思いながら海凪は踵を返し、さらに奥地を目指した。
頬に当たる風の冷たさに身にまとったコートに顔をうずめるようにしながら、何の目印もない雪道をひたすら進んでいく。
 「かつて神がいた場所ね・・・」
神も魔王も何を好き好んでこんな場所に、と思わず独りごちた。
この雪山は天界や魔界に最も近いとされる場所であり、唯一神に人の言葉が届く場所なのである。同じように、魔王にも。
だから、この雪山でのみ神や魔王に会うことが出来る・・・そう言われている。
今の海凪にそれを教える者は今ここにはいないのであるが。
 「・・・ん?」
少し先に何やら黒く染まった場所があることに気付き、海凪は歩を早める。
雪に足をとられながら懸命に近づくと、それが黒い円の中に五芒星の描かれた魔法陣であることが見て取れた。
 「もしかして、ここで魔王呼び出すのか?」
魔法陣の淵に立ってその様子を見つめる。
どうやら魔力で描かれた魔法陣のようで、こうやって側に立つだけで魔力の気配を感じる。
ほぼ興味本位で、その中心に立ってみた。
 「・・・魔王を呼ぶ呪文・・・とかあるんだっけな?」
街の住人たちの噂で、魔王を呼び出す呪文を記した本がどこかに存在している・・・という話を聞いたことがあるのを思い出した。
海凪はそんな本を手にしたことはないし、呪文も知らない。
ここにいても仕方ないかとペガサスを呼ぼうとした、その瞬間。
突然目の前に雪の中から黒い光が立ち上った。
 「な、何だ?」
1,2歩後退る海凪の前でその光は凝縮し、弾けるように辺りに飛び散った。
そして光が弾けた後には、青い身体をした人型の魔物が立っていた。
 「何・・・もしかして魔王・・・とか?」
硬直したまま呟く海凪に、魔物はその赤い瞳を向ける。
 「あの男がやってきたかと思ったが・・・違ったようだな。いかにも、我が名は魔王テッドデビル」
海凪の嫌な予感は、的中していた。



                                  <続く>


【後書きのようなもの】
第5話です。何と前後編です。
書いてたら何だか普段の小説の長さの1.5倍くらいになってしまい、
1つ1つがあんまり長いのも何かなと思ったので2分割しました。
1.5倍を2分割したので1つがいつもの75%ということに!?(ぇ
え〜。今回は雪山編です。というわけで色々ネタばれがあるような(爆)
前後編なので今回はあまり語らないことにしましょう!(ぉぃ)
どうせ後書きなんて読んでも仕方ないし!(笑)
というわけで後編に続く〜(死)
以上、作:御雷あきら 監修(?):たとたんさん(かもw) でお送りしました♪


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