序章 暗躍


旅人の街の一郭、カシス地区の一番奥に構える家。
近隣に並ぶ住居よりやや大きいその家の一室で、2人の男が向かい合って座っていた。
1人は青い鎧を身につけた男。恐らく、外から戻ってきたばかりなのだろう。
もう1人は質素な布の服を着た商人風の男。
声を潜めるようにして話す2人の表情はやや硬い。
 「もう3つを取られたか・・・後手に回ってしまったな」
青い鎧の男が眉を寄せる。
彼は、この街を治める議長の蒼である。
1つの街の議長という立場に収まってはいるが、実際その影響力は大陸全土に及ぶとも言われているほどの人物である。
旅人の街に暮らしていて知らない者はいないだろう。
 「ええ・・。残りを向こうが見つける前に、何とかこちらで押さえないと・・・」
商人風の男が静かに頷く。
この男は街にある「情報屋」の主人である。
街の冒険者達の個人情報や、冒険に関する情報などを集めて管理し、必要となれば冒険者に提供している。
もちろん、個人情報に関しては本人に支障がない程度にであるが。
その一方、一般には知られていないが、議長である蒼の要請を受け大陸中の様々な情報を集めてもいる。
いわば、蒼の片腕的存在なのである。
 「残りの在処は、まだわからないのか?」
 「2つはわかりませんが、1つは・・・この街にあります」
情報屋の答えに、蒼は僅かに驚いた顔を見せた。
 「この街に?・・・誰かが持っているのか?」
蒼の問いかけに、情報屋が1人の人物の名を告げた。
その名を聞いて蒼の表情が曇る。
 「・・・そうか。話をしておかないとな。できるなら巻き込みたくはないが・・・」
蒼も、この街にいる多くの住人全員を知っているわけではない。しかし、情報屋が告げた人物は蒼もよく知る者であった。
 「相手の動きが大きくなれば、否応にも気付く人や巻き込まれる人が出てきます。帝国も動きを見せているという話ですし・・・」
仕方がない、とばかりに情報屋が首を振る。
 「・・・」
蒼は厳しい面持ちのまま黙り込んだ。何やら考え込んでいる様子である。
 「とにかく、我々はもっと情報を集めます」
告げるべき事は告げたのだろう。ややあって、情報屋は椅子を立った。
 「ああ、頼みます」
一礼して部屋を出ていく情報屋を見送ると、握り合わせた手に顎を乗せ、蒼は再び考えに沈む。
 「相手の正体も、目的もわからないまま、か・・・」
何もない宙に向けられたその目は何か別の物を写しているかのようである。
しばらくそのままでいた蒼だが、おもむろに立ち上がり、部屋を後にした。
ある人物に会うために。


                                  <続く>


【作者の戯言】
始めてしまったのです。もう後には引けません。
いつ終わるかわからない連載、頑張ります。(ぇ


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