2章 暗闘(2)


敵意剥き出しに睨み合う2人を余所に、ichは静かに呪文を唱え始めた。
 「来たれ、火の精霊。汝の力もって敵を焼き払い賜え・・・。スパーク!」
ティリルの足元の地面に炎の気が集まってゆく。それは渦巻く炎となると、一気に上に向かい吹き上がった。
自分に向けて立ち上ってきた炎を、ティリルは空中を移動する事で避ける。
 「鬱陶しい・・・」
視線をichに向け溜息混じりに呟くと、手早く印を結び何か複雑な言語で綴られた呪文を唱えた。
攻撃かとichと光は注意を払ったが、そうではなかった。
呪文の詠唱が進むにつれ、ティリルの背後にうっすらと半透明な壁のような物が見えてくる。
ティリルの後ろだけではない。詠唱が終わった時には、半球型の障壁が3人を囲っていた。その直径は40メートルほどに及んでいる。
 「・・・閉じ込められた?」
辺りの障壁を見ながら光が怪訝そうな顔をしたが、すぐにそれだけではないことに気付いた。
 「・・・?」
構えた剣の刃から、陽の力の光りが消えている。
いや、普段なら日中は辺りに満ちているはずの陽の力そのものが、周囲から一切消え去っているのだ。
 「陽の力が、消えてる・・・?」
呆然とした光の呟きに、ichもまた異変に気がついた。
 「・・・陽の力だけじゃないです。火も水も、どの精霊も力も・・・」
 「気が付いたみたいね」
2人を見下ろしているティリルが冷たく微笑んだ。
 「この中は精霊の力を完全に遮断した閉鎖空間なの。精霊の力に頼ってしか戦えない貴方達は、ここでは無力もいいところよね」
声を立てて笑いながらゆっくりと右手を掲げると、その手の中にエネルギーの球体が現れた。
それは徐々に大きくなっていく。
 「この状況で魔法かよ」
その様子を見て舌打ちする光の言葉は、正しいとは言えなかった。
ウォーロックや魔術師の使う「魔法」とは精霊の力を使い敵を打つ呪法のことを言う。
精霊と契約を交わしそれを使役する事で力を使うウォーロックと、自らの精神力で精霊の力を紡ぐ魔術師とは方法は違えど精霊の力を使うことに変わりはない。
それを「魔法」と呼ぶのであれば精霊界と切り離されたこの空間で使うことができるティリルの力は「魔法」とは言えないのだ。
 「諦めて死になさい」
ティリルの手がしなやかに動き、光球が2人に向かって飛んだ。
それが2人を捕らえる瞬間、
パシィッ!
スパークが走り、光球は破裂するようにして四散した。
 「・・・!」
直撃したわけではない、と悟ったティリルの顔から笑みが消える。
エネルギーが散った後、そこにあったのはichを庇うようにして立った光の姿だった。
正面に構えた剣は陽の力を宿していた時よりも強い光りを発している。
聖戦士の剣技・オーラソード。
己の内なる力を剣に込め、そのエネルギーをもって敵を断つ技である。
光球が迫った瞬間、光は咄嗟にオーラソードを使いエネルギーをぶつけ合う事で相殺したのだ。
 「どうしても邪魔するみたいねぇ?」
やや呆れた様子でティリルが小首を傾げた。
光はただ黙ってティリルを睨みつけている。
 「やっぱり、貴方も殺すしかなさそうね」
光の視線を受けながら、ティリルは静かに微笑む。それは、ただ残忍さしか感じさせない微笑みであった。


ichと光が草原で戦っているその頃。
普段はほとんどひと気のない廃墟・・・彷徨の廃墟を1組の男女が歩いていた。
男は橙色の鎧を身につけた少年っぽさをまだ強く残す若い戦士。
女の方は青い衣を纏っており、大人の女性とまではいかないが男よりは年上であるのが一目で見て取れる。
いずれも旅人の街に暮らす冒険者、がすとと晴日であった。
 「やっぱりここは亡霊の気配がすごいねぇ」
立ち止まって周りを見回しながら、晴日が肩を竦めた。
彼女の顔立ち、特に大きな黒い瞳は光とよく似ている。後ろに束ねた髪も、長さは違えど光と同じ艶やかな黒髪である。
晴日は光の双子の妹。それだけ似ていても不思議ではない。
 「亡霊が彷徨ってるって噂まで流れるような所だし、仕方ないんじゃね?」
がすとが、足元にある小さな瓦礫を蹴飛ばす。
鎧に覆われたがすとのその身は細く、背丈もそう高くはない。
剣も鎧も身につけていなければ戦士であるとはわからないかもしれない。
やや長めの黒髪と相まって、後ろ姿はともすれば女性のようにすら見える。
 「この亡霊たち全部使役できたらすごいことになるかも」
冗談混じりの口調で晴日が呟いた。
死霊を使役する者、死霊使い。今の晴日は、その死霊使いである。
もっとも、晴日は1つの職に留まることなく気まぐれに色々な職の「真似事」をしている。
それを考えると、死霊使いの真似事をしているにすぎないのかもしれない。
 「んじゃ、やってみよう」
晴日の冗談に、がすとはそう返した。
 「契約面倒くさいから、嫌」
がすとのやはり冗談めいた提案を晴日はさっくり切って捨てる。
死霊を使役するには契約の儀式を行う必要がある。
この地に住まう亡霊達全てと契約するとなれば、気の遠くなるような回数の儀式を行わなければならないだろう。
 「何だ、つまらん」
がすとが再び足元の石片を蹴飛ばした。
石片は弧を描き、瓦礫の山の向こう側に落ちる。
と、瓦礫の落ちた場所の土が盛り上がり、1匹の魔物が姿を現した。
姿かたちは竜の形を残しているが、身体中が腐敗し、所々崩れ落ちている。ドラゴンゾンビである。
 「・・・俺の敵じゃないな。晴日やれ」
 「えー、ゾンビに死霊で戦っても効率悪いじゃん。がすとが斬った方が早いでしょ」
面倒そうに押し付けあう2人に、ドラゴンゾンビは敵意の篭った赤い瞳を向けると口を開いた。
ロトンブレス・・・土の気を含んだブレスが2人に襲い掛かる。
 「仕方ねーな・・・」
落ち着いて1歩横に動きブレスを避けながら、がすとが剣を抜いた。
やや斜に構えた剣の刃が仄かな光りに包まれる。
がすとも光と同じ、陽の力を操る聖戦士なのである。
がすとは瓦礫を乗り越えすばやくドラゴンゾンビとの間合を詰めると、一刀のもとにその首を切り落とした。
さらに、返し刀で首を無くした身体も切り裂く。
すると、たちまちドラゴンゾンビの身体は崩れ、ただの土塊と化した。
地面に落ちた首も同じように崩れ去っていった。
 「さすが。凄い凄い」
晴日の拍手を聞きながら、がすとは剣を鞘に収める。
 「で、探してる物ってどこら辺にあるの?」
拍手を止め、晴日が思い出したように尋ねた。
そもそもこの廃墟に来たのは、がすとに「探し物を手伝って欲しい」と頼まれたからなのである。
 「んー、この廃墟のどこか」
がすとの曖昧な答えに、晴日は露骨に嫌そうな顔をした。
 「えー、この辺一体探すわけ?面倒くさい・・・」
 「トレジャーハンティングなんてそんなもんだろ。そう簡単に見つかったら宝なんて言わないし」
トレジャーハンティング。つまりは宝探し。それが今のがすとの趣味である。
戦時中は帝国軍として戦争に参加していたが、停戦後は軍に束縛される事を嫌い自ら除隊した。
それからは大陸中を巡って気ままにトレジャーハンティングを続けているのである。
今回もこの廃墟にとある「宝」があるという話を聞きつけ、暇そうにしていた晴日を助っ人に連れてここにやって来たのだ。
 「とりあえず、ここまで来たなら手伝え」
 「はーいはい」
がすとの強引な物言いにやる気のない返事をしながら晴日は辺りをぶらぶらと見回り始めた。
少し離れたところを探そうとがすとが踵を返し1歩踏み出した瞬間。
目の前、確かに何もなかったはずの場所に、突然人が現れた。
 「お!?」
驚いたがすとが思わず後退る。
 「幽霊!?」
 「え、幽霊?」
何事かと晴日も側にやって来る。
亡霊の彷徨う廃墟なら幽霊が出たとしても驚く事ではないのかもしれないが。
その人物    短い灰白色の髪、大きく頑強そうな身体はそれそのものが鎧かのようである    は、刃のような目で静かにがすとを見つめている。
幽霊などではないその気配に、がすともやや警戒しながらその視線を受け止めていた。


                                  <続く>


【作者の戯言】
がすとと晴日も登場。いろいろ動いてる予感。(ぇ
ichさんの魔法の詠唱とかはかなり適当です(爆)
ティリルの技も適当ですけどね。あ、今さらですがティリルはオリジナルキャラです(爆)


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